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1.三昧耶戒(三摩耶戒)とは

真言陀羅尼乗の戒

画像:三昧耶戒

三昧耶戒[さんまやかい / さまやかい]とは、密教においてのみ説かれる独自の戒です。三摩耶戒とも表記され、三昧耶仏戒・秘密三昧耶仏戒などとも呼称されます。

三昧耶戒は、密教を受法して学んで修行し、ひいては人に教授するのに、必ず事前に受けなければならないとされる灌頂[かんぢょう]を受ける際、やはり必ず受持しなければならないとされる戒です。

灌頂(abhiṣeka)とは、もともと印度における王位即位や立太子の際の儀礼です。即位する王子が、その頭頂に香水や香油などを灌[そそ]がれる儀礼を伴うことから、漢語でかく意訳されています。

密教ではその儀礼を取り入れ、その法を受ける者、そして受け終わった者に、受法の証として必ず授けなければならないものとされています。それは、「法(真理)の位に就く」などといった意味付けによってなされるのです。

古来、これは真言・天台を問わず、日本密教においては、おおよそ三種の灌頂が行われてきました。

僧俗問わずに行われる結縁灌頂[けちえんかんぢょう]、あるいは密教を本格的に学ぶ前に受けるべき受明灌頂[じゅみょうかんぢょう](学法灌頂)、そして金剛界ならびに大悲胎蔵生曼荼羅に依る、三密瑜伽法を残らず伝授したその仕上げとして行われる伝法灌頂[でんぽうかんぢょう](具支灌頂)の三種です。

そして、いずれの灌頂にせよ、その受者にまず必ず授けられるのが、三昧耶戒です。

事実、今から1200年ほどの平安の昔、唐に渡って真言密教を授かり日本にもたらして真言宗を開いた人、空海自身もまた、三昧耶戒を密教受法の初めに受けています。

そのごく簡単な経緯は、空海自身が唐から早々に帰朝して後、自身がいかなる文物を持ち帰ったかを朝廷にいわば陳情した書、『御請来目録[ごしょうらいもくろく]』に記されています。

二十四年二月十日。准勅配住西明寺。爰則周遊諸寺訪擇師依。幸遇青龍寺灌頂阿闍梨法號惠果和尚以爲師主。其大徳則大興善寺大廣智不空三蔵之付法弟子也。弋鈎經律該通密蔵。法之綱紀。國之所師。大師尚佛法之流布。歎生民之可拔。授我以發菩提心戒許我以入灌頂道場。沐受明灌頂再三焉。受阿闍梨位一度也。肘行膝歩學未學稽首接足聞不聞。

延暦二十四年805二月十日、唐の皇帝の命にしたがって西明寺に滞在した。そこで諸寺を周遊し、依るべき師を探して訪ねたところ、幸いにも青龍寺の灌頂阿闍梨たる、法名が恵果和尚という方にめぐり逢うことが出来た。そして、彼こそが師主と仰ぐこととなった。大徳〈恵果〉は、大興善寺の大廣智不空三蔵の付法の弟子であった。(恵果和尚は)経と律とに精通し密教に通達された仏法の綱紀とも言うべき人であり、唐が国師として崇めるほどの方であった。大師〈恵果〉は、仏法が世に広まることを願い、人々を導くべきことに心を砕かれていた。私〈空海〉に(密教を)授けるに際しては先ず発菩提心戒をもってし、(密教を教授するための)灌頂道場に入壇することを許された。(私、空海は)受明灌頂に入壇することは再三であり、(伝法灌頂に入壇して)阿闍梨位を受けることはただ一度であった。肘で進むかのように、膝で歩むかのようにして、いまだ学んだこと無きを学び、頭を垂れ(恵果和尚の)足に触れて礼拝しつつ、いまだかつて聞いたことの無かった教えを聞いたのである。

空海『御請来目録』(『定本 弘法大師全集』Vol.1, P3
[現代語訳:沙門覺應]

真言宗では伝統的に、ここに記されている空海が密教を受法する以前に授けられたという「発菩提心戒」は、いま云うところの三昧耶戒と同じものであるとされています。

例えば、伝統的に空海の真の遺誡とされ、文献学界でも空海真撰であるとされてきた(けれども近年は偽撰説が提出されている)、いわゆる『弘仁遺誡』では、以下のように三昧耶戒について記されています。

密戒者所謂三摩耶戒。亦名佛戒。亦名發菩提心戒。亦名無爲戒等。

密戒とは、いわゆる三昧耶戒である。(三昧耶戒は)また仏戒ともいう。あるいは発菩提心戒ともいう。あるいはまた無畏戒などともいうのである。

空海『遺誡』(『定本 弘法大師全集』Vol.7, P392
[現代語訳:沙門覺應]

ここで空海が三昧耶戒の異称であるとした「発菩提心戒」については、恵果の師であった大興善寺の不空三蔵によるとされる『受菩提心戒儀』という、いわば発菩提心戒の授戒次第があります。

それによれば、空海の言う三昧耶戒と『受菩提心戒儀』のいう発菩提心戒とは、いちおう別物です。

『受菩提心戒儀』では、まず受者は諸仏・密教・諸菩薩・菩提心に礼拝、そして供養。次に自身のそれまでの罪過を懺悔。そして、あらためて三宝に帰依(三帰依)した後に、発菩提心戒を受けるべきことが説かれています。

実際にその箇所を徴しましょう。

次應受菩提心戒
弟子某甲等 一切佛菩薩
從今日以往 乃至成正覺
誓發菩提心
有情無邊誓願度 福智無邊誓願集
佛法無邊誓願學 如來無邊誓願事
無上菩提誓願成
今所發覺心 遠離諸性相
蘊界及處等 能取所取執
諸法悉無我 平等如虚空
自心本不生 空性圓寂故
如諸佛菩薩 發大菩提心
我今如是發 是故至心禮
次誦受菩提心戒眞言曰
唵冐地喞多母怚波二合那野

次に、まさに菩提心戒を受けなければならない。
弟子たる我等は、一切の仏・菩薩らよ、
今日よりこのかた、ついに正覚を成すに至るまで、
誓って菩提心を発す。
有情〈生けるもの〉の数は尽きぬとも、救わんことを誓願す。
福徳と智慧とは尽きぬものとも、集め積むことを誓願す。
仏陀の教え〈真理〉は尽きぬとも、学ぶことを誓願す。
如来の数は尽きぬとも、仕えることを誓願す。
この上ない最高の菩提〈目覚め〉を成就することを誓願す。
いま起こしたところの覚心〈菩提心〉は、諸々の性相、
五蘊・十八界及び十二処等、能取・所取の執着から遠離す。
諸法は悉く無我であり、平等にして虚空のようなものである。
自心は本不生にして、空性・円寂なるが故に。
諸仏・菩薩のように、大菩提心を発し、
我もまた今、同様に(大菩提心を)発す。
このことから(諸仏・諸菩薩を)至心に礼拝す。
次に、受菩提心戒真言を誦すのである。
 唵冐地喞多母怚波二合那野
 (ॐ बोधिचित्तमुत्पदयामि / oṃ bodhicittaṃ utpādayāmi

不空訳『受菩提心戒儀』(T18. P941a
[現代語訳:沙門覺應]

以上のように『受菩提心戒儀』では、菩提心戒の内容(というより戒に付随する誓願)とされるのは、今一般に用いられているものとは訳語の相違があって若干異なるものの、いわゆる「五大願」に他なりません。

そして、この五大願が示されたあと、ここで言う「覚心(菩提心)」というものがいかなるものか簡潔に示されます。続いて、いま日本では一般に「オン ボウヂシッタ ボダハダヤミ」などと唱えられ、発菩提心真言と言われているものが説かれています。

以下にその発菩提心真言のみを別出して示します。

唵冐地喞多母怚波二合那野
(ॐ बोधिचित्तमुत्पदयामि / oṃ bodhicittaṃ utpādayāmi)

オーム 私は菩提心を生じる。

この真言の正しい発音は、カタカナ表記で示したならば「オーム ボーディチッタン ウトパーダヤーミ」あるいは「オーム ボーディチッタムトパーダヤーミ」。

余談となりますが、上記のように、密教経典などで音写され漢語で表記されている真言に付記されている「二合」や「引」などといった文字は、サンスクリットの発音を漢語で極力正確に再現するための、いわば発音記号です。

たとえば「二合」というのは、記号の直前に二つの子音が連続しており速やかに発音すべきことを示し、「引」はそれが長音であって引き伸ばして発音しなければならないことを示しています。たとえば、ここでは「野彌」とされていますから「ヤーミ」であり、それはまさしくサンスクリット通りの発音となるわけであります。

このような経典や儀軌に示されている記号は、必ずしもその全てが正確な発音を伝えるものとは言えないものの、その故に決して省略したり無視したりしてはならないものです。

しかしながら、そのような真言陀羅尼を正確に伝えんとした古の印度や支那の三蔵らの苦心の策は、日本では次第に無視され、ほとんど省略されるようになっています。今に至ってはその記号の意義を知る者はほとんどありません。故にそれぞれが好き勝手な節や調子などを付け、およそ本来からかけ離れた読み方が行われています。

さて、『受菩提心戒儀』では、そもそも三昧耶という言葉自体が用いられていません。

ではなぜ伝統的に、三昧耶戒と発菩提心戒とが同一視されるのか。

それは、これから述べる三昧耶戒というものの内容を知ることによって、理解することが出来るでしょう。

三昧耶戒は密教戒である!…ただし、それが何かは知らない

三昧耶戒は、密教独自の戒として、すこぶる重要なものとして今も強調されています。

けれども、その三昧耶戒、そのように密教行者には不可欠の戒とされているにも関わらず、現在でも「密教独自の優れた戒だ」「重要な戒だ」などと声高に言う者であっても、それを受けているはずの已灌頂の真言宗や天台宗の僧職にある者であったとしても、その意味内容を知る者は非常に限られ、甚だ稀であるという現状があるようです。

いや、「あるようです」ではなく明々として「ある」。

稀に、少しばかりその気になった僧職の者が「どれ、ひとつ調べてみるか」と、とりあえずぶあつい『密教大辞典』などを引っ張りだして開いてみる。けれども、そこに書いている日本語自体がそもそも理解できず、「わかんねぇ」と辞書をパタリと閉じ、そのままやる気も失って結局うっちゃりぱなしにしてしまう。

そんなことが、誇張でも冗談でもなく多くあるような有り様です。まだ調べようとするだけでもマシな部類です。

さらに内実を言えば、総本山などと言われる大寺院における、三昧耶戒ならびに灌頂を執行する側の僧職の者らのほとんど多くですら、実はその意味内容についてなど全然、これっぽっちも理解していません。 せいぜいのところ、儀式において手をどうする足をどう運ぶだのいった所作についてや、そこで必要な道具類を知っている程度のことでしかありません。

画像:「なんだかわかんないけど、涙が出ちゃう」

ましてや、たとえば結縁灌頂を、ただ珍しい「なにやらアリガタイ儀礼」(人集めのイベント)として受ける、あるいは受けさせられているだけの如き、一般的な檀家・在家信者はてまたは観光客ならばなおさら、その意味内容など杳として全く知られたものではありません。

(まぁ、檀家や信者などといっても「なにやらアリガタイ」以上に興味を自らもつことも、寺家側からもたせられることもほとんどありません。そして案外、「なにやらアリガタイ」儀礼や事物であるからこそ、世間の人々も「文化的な余興」として喜んで受け入れている場合があります。それは観光資源にすらなりえ、実際しているところが多くある。)

それを授受する両者ともに、三昧耶に対する知識の欠如、無理解がある。

その一点だけ採ってしても、今日の真言や天台宗にて行われている伝法灌頂や結縁灌頂などというものが、もはや仏教も密教も全く関しないと言って過言でない、権威主義的で大袈裟な通過儀礼、完全に形骸化して空虚なる儀式となっている一つの証となっています。

これは、その他多くの事柄にも同様のことが言えるのでしょうけれども、現在のような日本仏教の状況下において、受者はその意味内容など自身が知り、また他者に説く必要も意義も、ほとんど絶無となっているためでもありましょう。

さて、では一体何故に、密教では三昧耶戒が必須とされるのか。

それは、『大毘盧遮那成仏神変加持経』すなわち『大日経』の注釈を、善無畏[ぜんむい]三蔵が私的見解も交えながら講釈され、それを一行[いちぎょう]阿闍梨がさらに私見を交えつつ筆記されたという『大毘盧遮那成佛経疏』いわゆる『大日経疏』で、以下のように言われるためです。

次爲都説三昧耶戒。汝等從今日。常於三寶及諸菩薩諸眞言尊。恭敬供養於摩訶衍經。恒生信解。凡見一切受三昧耶者。當生愛樂。於尊者所恒起恭敬。不應於諸尊所懷嫌恨心。及與信學外道經書。凡來求者隨力施與。於諸有情恒起慈悲。於諸功徳懃心修習。常樂大乘。於眞言行勿得懈廢。所有祕密之法無三昧耶者。不應爲説。

次に(真言密教を志向する者の)為にすべからく三昧耶戒を説く。汝らは今日より以降、常に三宝および諸菩薩・諸真言尊を恭敬供養し、大乗の経典に対して恒に信解を起こせ。およそ誰であれ三昧耶を受けた者と出会ったならば、まさに愛楽を生ずべきである。尊者の所に於いては恒に恭敬を起こせ。諸尊の所では嫌恨の心を懐かず、及び外道の経書を信じて学んではならない。およそ求め来る者には、(自らの)能力に応じて施与せよ。諸々の有情に対しては恒に慈悲を起こし、諸々の功徳を務め励んで修習せよ。常に大乗を願い、真言を行ずるにおいては怠り止めることなかれ。この秘密之法〈真言密教〉を、三昧耶なき者には、決して説いてはならない。

善無畏説 ・一行記『大毘盧遮那成佛経疏』巻九(T39, P672b
[現代語訳:沙門覺應]

三昧耶戒は、後述しますがまず『大日経』において密教行者が持つべき戒として、そもそも説かれているものです。それが、以上のように『大日経疏』において、より詳説されている次第であります。

このようなことから、密教を志す者は、それはほとんど灌頂の前に必ず行われるのですが、まず三昧耶戒を受持しなければならないとされます。

なお、誤解してはならないことですが、といっても実際は誤解や恣意的に曲解している者が非常に多いのですが、密教の戒などと云っても、密教徒はこの三昧耶戒だけを受持していれば良いということでは全くありません。

(“仏教徒とは何か”の各項を参照のこと。)

我が弟子でもなく、また我は彼の師でもない

三昧耶戒は、空海もそうしていたように、僧俗それぞれの立場に応じて説かれている戒を受持したうえで、僧俗問わず密教を志す者が受持しなければならないとされるものです。

空海は、このような強い調子でもって弟子等に言い遺しています。

如是諸戒不具足慧眼闇冥。知此意如護眼命。寧弃身命此戒莫犯。若故犯者非佛弟子非金剛子非蓮華子。非菩薩子非聲聞子。非吾弟子我亦非彼師。與彼泥團折木何異矣。

これら諸々の戒(あるいは律)を具えていなければ、智慧の眼は暗く闇に閉ざされるであろう。この意味を知って「眼」を護るかのように(戒を持)せよ。むしろ身命を損なったとしても、これら戒を犯すことなかれ。もし故意に(自分勝手な動機によって戒を)破る者など、仏弟子ではない。金剛子でもなく、蓮花子でもなく、菩薩子でもなく、声聞子でもなく、我が弟子でもなく、また我は彼の師でもない。そのような者は、そこらの泥団子や折れて使い物にならない木切れと、何も異なったものではない。

空海『遺誡』(『定本 弘法大師全集』Vol.7, P392
[現代語訳:沙門覺應]

けれども「戒や律を一旦受けたならば十全にそれらを保ち続ける」などということは、まず誰人に出来ることではありません。

私達人は弱く、また愚かでしばしば迷うものです。そのような自らの過失に依って苦しみを生じ、さらにそれを苦しむ。けれども、人がそのようであるからこそ、そこからの解脱を説き、目標とする仏教をもって尊しとするのでしょう。

また、戒律とくに律を護持するということについては、時代的の変化や風土的な異なりによって、釈尊の定められた項目すべてを文字通り「完全に守る」ということは、不可能では決してないにしても、非常に困難であったり、時として不合理な事態に陥ってしまうことも否定しがたい事実です。

(戒と律、その違いや定義、詳細については、別項“戒律とは何か”ならびに“律とは何か”を参照のこと。)

しかしながら、それらを前提として差し引いて見ても、現在の日本で「僧」を名乗っている人々は当然のように妻帯・世襲に代表されるようなあり方をしている時点で、僧・出家などでは全然ありません。

笑うべし。

実際、そのようでありながら日本で僧を名乗り、また「オダイシサマの末徒」を自称する真言の人々は、むしろその彼らが「オダイシサマ~」と呼称し崇めている空海自身から、すでに「仏弟子ではない」・「我が弟子ではなく、また我は彼の師でもない」と端から完全に否定されています。

いや、彼らは日頃、袈裟衣(と彼らが強弁している紫色だの緑色だの白色だの金襴だのの高価で小綺麗なお衣装)を着ることすら稀であって、儀式・儀礼がある一刻ほどの間だけ、ヒョイっとそれをまとってすまし顔を取り繕う程度のこととなっています。

それは、もはや世に言うコスプレの類でありましょう。

そして、ここがもっとも面白い点となるのですが、彼らは仏教の看板を上げて商売をしていながら、その肝心要の仏教については、呆れてしまうほど全然知らないし、学ぼうともしていません。

世間では「餅は餅屋」などと言われます。

画像:嗚呼、日本教仏教派

しかしながら、この餅屋の場合は、餅がどうやって出来るかも、いや、そもそも餅が何かを知っていない。それは喩えば、ただ「餅」と書いてある袋に、得体の知れない何かをいろいろ詰め込んで「これは餅です」と売っている闇市の権助のようなものでありましょう。

オボウサンの関心事など、せいぜいそれぞれ宗祖のテキトウな伝記や、世間の爺婆が喜びそうな仏典の一説のつぎはぎ程度のことです。いや、その内容はともあれ、まだ仏典の言葉を用いようと努力するだけでも稀少で高級な部類でしょうか。

その大部分は、自分は全く意味など知らないしわかりもしない漢文の長いやつを、ただ聴衆(檀家・商売相手)に感心されるように、いかに「いい声」でムニャムニャやることに長じようと苦心する程度のことであります。

「いい声」で「マゴコロを込めて」読経をしたならば、センゾなどの霊がジョーブツする、安らかになるなどと、本気で信じてしまっている輩も少なくありません。

それは、一部の者が該当する例外などではなく、ほとんど多くの者に当てはまってしまう日本のオボウサンの常識的有り様と言えるものです。

そのような世界的にも歴史的にも考えられない、日本のオボウサンというものの一般的あり方は、けれども彼ら自身の「時代の流れだ」・「時代が違う」、「日本の仏教ならば良いのである」あるいは「人間だもの」などといった言葉で片付けられてしまうことが多いようです。

そして、そのような日本の僧職の者等の姿しか知らない日本社会では、「それが普通だ」あるいは「世界でどうかは知らないが、日本仏教では妻帯世襲が(教義的に)許されているのだ」などと、甚だしく勘違いしている人が非常に多くあります。

現実問題、あたりまえに何ら恥じること無く公然と行われているのですから、許されてはいる、いや、自ら許してしまっています。普通一般には、そういうのを墮落もしくは腐敗というのでしょうけれども。

「時代が違う」だの「時の流れ」だのを言うのであれば、およそ2500年前の仏陀やその大弟子たち、あるいは1200年前の平安期に生きた空海などを崇め奉り、「以来伝わる古い儀式・儀礼や作法・風習など物事を正しく伝えなければならない」などと言い、行っているのは何なのでありましょう。

そこでさて、先に挙げた、そのような彼らが崇め奉っている空海の言をわざわざ俟つまでもなく、彼ら日本のオボウサンのありかたを正当化し得る根拠、彼らが僧侶と自称するための根拠は、仏教の何処を探しても全然、これっぽっちもありません

(戒も律もほとんどまともに守らず、あるいは受けずにおきながら「僧」を名乗ることについて、やはり根拠が無いのは「非常にマズイ」という少なくとも知識や意識は当時あったので、その根拠をひねり出そうとして最澄に仮託され、捏造された書が平安末期頃より一部の天台系統の宗派でもてはやされてはいます。『末法灯明記』です。この書の影響をモロに受けてしまって、教学の根幹としたのが浄土真宗、そして日蓮宗です。詳細は別項“『末法灯明記』”を参照のこと。)

日本仏教はしばしば「祖師(仏)教」などと言われ、その教義は「祖師無謬説」であるなどと評されることがあります。それほど、本師たる釈迦牟尼よりむしろその祖師をこそ信仰し絶対視して、その教義を構築している宗が多いためです。

けれども、その祖師たる親鸞が還俗させられて僧侶でなくなっておきながらも「非僧非俗」という意味不明の立場を表明して僧形をとりつづけた浄土真宗を除く、日本のどの宗派における祖師にも、妻帯世襲に代表されるような現代の僧職のありかたを「僧」として許すような人は、誰一人として在りはしません。

たとえば、これはいわゆる祖師といわれる人ではありませんが、同じようなことについて悩みつづけ、ついには日本での第一期戒律復興運動を成し遂げられた興正菩薩叡尊律師は、その日記の中で以下のように述べられています。

三受学戒律事
文暦一年甲午卅四歳
凡奉受印可後。十ケ年間。或面受口決。或書写尊法。或披覧本経。或談教相。稽古随分不休。修行経日無怠。無深信心於此教。常有残一疑殆。禀承嫡々。行者多堕在魔道。猶如身子。将非魔作仏悩乱我心耶。如是思惟。已経年月。未生決智。屡勘密終自憶不持浄戒。不入七衆、非仏子故。

三.戒律の受学について
文暦一年甲午 三十四歳の時
およそ(密教を学び修する)印可を受けてからの十年間、あるいは口訣を面授されたり、あるいは尊法〈聖教・次第〉を書写したり、あるいは本経を披覧したり、あるいは教相について論じ合ったりするなど、随分と稽古して休むこともなく、修行を始めてから月日を経ても怠ることは無かった。けれども、この(密教の)教えに対して信心が深まることなど無く、いつも一つの疑念が心にあったのである。(密教の)禀承嫡々〈師資相承〉において、(密教)行者のほとんどが魔道に堕していることについて。たとえば「実の子」に継がせるなどといったことは、まさに悪魔が(偽の)仏を造るようなものであって、そのような有り様が私の心を悩み苦しませないということがあろうか。このように考えてから、すでに年月がずいぶん経てしまったが、いまだ(その理由が何か)決定的にはわからず、しばしば密かに思いあぐねていた。が、ついに自ら「それは淨戒を護持していないためだ!」と得心した。七衆に連なっていなければ〈それぞれの分限に応じた戒あるいは律を受け守っていなければ〉、仏弟子では無いためである。

興正菩薩叡尊『金剛仏子叡尊感身学正記』
[現代語訳:沙門覺應]

実は、「行者多堕在魔道(密教行者のほとんどが魔道に堕している)」というのは、鎌倉初期以来のことです。いや、それは別段に密教行者に限ったことでもありません。事実、叡尊律師の実父は、法相宗の根本寺院たる興福寺の学侶でした。

密教行者が魔道に堕していること。それは空海没後まもない、たとえば「高野山は浄土だ」などという大ぼらを吹いて藤原道長をそそのかし、高野山を参詣させることに成功した仁海がそう(破戒僧)であったように、平安中期よりすでに始まっていたと言って良いでしょう。

大変貧しく、また悩める修行時代を送っていた叡尊律師が上のような結論に至って戒律復興運動を志したのは、まさしく『大日経』の三昧耶戒についての一説、そして空海の遺誡とされる『弘仁遺誡』と『承和遺誡』などが根拠となってのことでした。

しかし、「行者多堕在魔道(真言行者のほとんどが魔道に堕ちている)」ということの理由が、「不持浄戒(浄戒を護持していないため)」となどと、いわば仏教であれば至極当たり前のことをずいぶん長いことわからなかったというのは、当時の(少なくとも真言宗の)僧らの共通認識・教養の程度が知れるというものです。

とはいえ、これを知ってただちに行動を起こし、現実に復興したということは誰しもが達成することなど出来ない、甚だ偉大な業績であったことは間違いありません。それは叡尊律師自身もしばしば言及していますが、周囲の誹謗・中傷や経済的困苦など、非常な困難を伴ったものでした。

正統な戒律の伝統を復興するのに絶対不可欠の要因、それは僧伽が成立する最低人数である「四人以上の同志(出来ることなら五人以上)」の存在です。

これが無ければ、戒律復興など到底不可能の絵空事となります。ただ一人や二人だけで、ただ情熱や信念などというものだけによって行おうとしても、それは結局継承されることのない、ただの自慰行為に等しいものとなってしまうでしょう。叡尊律師には様々な困難があったとはいえ、しかし少なくともそのような同志が最初あったからこそ、その偉業は達成されたのでした。

(事実、そもそも鑑真による戒律伝来の初めは比丘三十人規模によってなされ、後代における第二期戒律復興運動もまた四人の同志によって始まっています。)

もっとも、叡尊律師より遡ること少しい時代において、すでに戒律の重要性を説く大徳らの出現がありました。笠木の解脱上人貞慶と栂尾の明恵上人高辯、あるいは日本臨済宗の祖にして台密葉上流の祖でもあった栄西禅師です。

また、それら大徳らの嚆矢となった人がありました。しかし、現実に復興を志すも機が熟せず、同志も見出すことができず、様々な努力をされるも果たせず、その失意によってか晩年は浄土教に傾倒していった人もあります。中川の実範上人です。

鎌倉初期における叡尊律師らによる戒律復興の実現は、むしろそのような先行する大徳らの出現とその活動・著作や後援による影響によってこそ、果たされたものでもあります。特に直接的に叡尊律師等の活動のちからとなったのは解脱上人貞慶です。

また叡尊律師ら以外にも、まったく異なる潮流で復興を志し、宋へ渡って受具することによって実現した人がありました。泉涌寺の月輪大師俊芿[しゅんじょう]です。しかし、彼の流れが主流になって継続されることはついに無かったのですけれども。

いずれにせよ、それら大徳らは、法相や華厳、臨済の人であっても密教の法脈を受け、実行していた人々です。

いや、実は鎌倉期だけでなく、慶長に始まる日本での第ニ期戒律復興運動そして明治初期など、日本における戒律復興を目指して実現し、その源流・主流となった人はすべて例外なく、真言宗出身の人です。

慶長のそれは、槇尾山平等心院を開いた明忍上人ら四人によって始まるもので、そこから禅・浄土・天台に戒律復興運動が波及していきます。その流れを補完・中興するものとして、江戸中期に正法律運動を展開された慈雲尊者があります。

また、慈雲尊者の後継を自任して、明治期に吹き荒れた廃仏毀釈に対抗するべく展開され、戒律運動に基いてなされた仏教興隆の試みは、高野山での活動の後に東京目白僧園を開いた釈雲照律師によるものでした。

(慶長の世において、いかに戒律復興がなされたかの経緯については、別項“慈雲『律法中興縁由記』”を参照のこと。)

あるべきようわ

さて、繰り返しの言となりますが、戒律をその立場・分限に応じて護持すること、それは仏教徒として至極当たり前のことです。

けれども、そのような真言出身の人々によってこそ戒律復興がなされてきたという歴史的事実は、空海の『遺誡』などによって伝えられたその戒律観が、その門流の大多数は堕落し破戒・無戒が常態化していきながらも、しかし縷縷として真言密教において継承されてきたことに起因していることを示している、として過言でないでしょう。

対して日本天台宗の祖たる最澄は、結果的に「律を捨てる(仮には受ける)」ことを公言したその初めの人となったため、天台系の諸宗派にその復興ということは起こり得なかったものと思われます。もっとも、実際に「文字通り」律を捨てた初めは最澄の死後で、その弟子光定[こうじょう]によるものですけれども。

『興禅護国論』を著して戒律の護持をしつつ、密教と禅を修めるべきことを主張した栄西禅師などは、もと天台の人であるものの例外です。

栄西禅師は、宋に二度渡ったといういわば国際的経験から、大乗・小乗問わず仏教僧が「律を捨てる」「律を護持しない」などということが全くありえない、仏教として極めて非常識なことであることを知っていたために、天台出身の人としては例外的に、戒と律との護持が不可欠であることを主張したのでありましょう。

ただし、日本天台宗が律を捨ててしまったとはいえ、それで妻帯・世襲を認めたわけで決してありません。彼らが「円頓戒」などと称して唯一護持した大乗菩薩戒(梵網戒)においても、僧侶の女犯(男・女・獣などとの性交渉)や飲酒等々の行為はすこぶる厳重に禁じられています。

日本ではしばしば「大乗では許されているのだ」などとうそぶく、愚かな禿頭の類があります。が、それはどこまでも虚言に過ぎません。

閑話休題。さて、釈尊・大日如来から空海そして叡尊律師らによって説かれた諸々の言葉は、今の「僧侶である」「出家である」と自称する日本のオボーサン自身の立場についても、あらためて言いますが、仏教としての根拠・裏付けが全然、微塵も無いということを指摘するものでもあります。

それは相当に重大な、非常に深刻な問題であります。まがりなりにも彼らが仏教を標榜しているのであれば。

そこでしかし、このような点に話が及んだ途端、ホトケサマはもとより、彼らが絶対視しているはずの祖師の言うことなど、たちまち「どこ吹く風」となって黙殺し、知らぬ顔を決め込むこととなるのは、各宗派の僧職そろって一様です。

この問題に触れることは、彼らにとっていわば「藪蛇」あるいは「寝た子を起こす」ことに等しく、実際まともに反論・反証するなどとても出来たことではないので、すこぶる都合が悪いためです。

けれども、そのような有り様であるにも関わらず、彼らが「私も僧侶として云々」だとか「僧侶である以上は云々」、「いたらぬとはいえ、我らも坊さんの端くれなのだから云々」などという言葉を公然と使うことしばしばであることは、傍見していて非常に滑稽であると言わざるを得ません。

また、大体がここ二、三世代のこととはいえ、僧(住職)という地位を世襲し妻帯してまったくの「俗家」を構えているにも関わらず、「うちは代々、坊さんの家系で」などと言い、あるいは自らを「出家」や「沙門」、ひどいのとなると「比丘」などと自称したがるのは、一体なんの冗談でありましょうか。

厚顔無恥もここに極まれり。これぞまさしく、ご都合主義の権化というもの。

一昔前の真言宗における著名な事相家だった稲谷祐宣[いなや ゆうせん]は、そのような自身を含める日本仏教各宗派における僧職のあり方をして、「日本仏教 総浄土真宗化」などと自嘲的に揶揄していましたが、言い得て妙でありましょう。

(関連するものとして、別項“なぜ酒を飲んではいけないのか(序)”、あるいは“資延敏雄「末法味わい薄けれども教海もとより深し」”を参照のこと。)

なお、いまここでそのような日本の僧職らの、特に真言でのあり方について忌憚なく、率直に述べているのは、なにも口汚く彼らを中傷しているわけでも、非建設的・感情的に批判してのことでもありません。

それは、三昧耶戒というものを真に知るには、また自ら護持するにおいても、他に説くにおいても、非常に重大な問題として、どうしても知って置かなければならない根本的事柄、そして現状であるためであります。

この最も重大な問題を知らずしては、たちまち、その内容などつゆほども知らぬ者によって「三昧耶戒は密教戒である!」「密教徒に必須の戒だ!」「日本の密教では三昧耶戒を受持するだけで良いのだ!」とうそぶかれ、誤魔化されるだけの、観念のお遊戯の一道具となってしまうに違いないためです。

また、それがたとい彼ら真言の僧職者などにとって「不都合な真実」であっても、正統の密教について誤解すること無く、幾多の根拠に基づいて正しく理解するために、本来の密教行者のあるべき姿がどのようなものであるのかを、知っておいたほうが良いためでもあります。

(関連するものとして、別項“『阿留辺畿夜宇和』”を参照のこと。)

三昧耶とは

さて、ではそもそも三昧耶戒の「三昧耶」とは、一体全体どのような意味の言葉なのか。

三昧耶とは、サンスクリットsamaya[サマヤ]の音写語です。

これは時に、三摩耶との音写語も用いられます。その意味は多義に渡り、「時間」、「調整」・「平等」、「約束」・「誓い」・「契約」・「協定」、あるいは「暗示」・「標示」、はてまたは「苦の終焉」などです。

けれども、『大日経疏』では、以下のような意義のものであると解釈され定義されています。

三昧耶是平等義是本誓義是除障義是驚覺義。(中略)
結云三昧耶者。即是必定師子吼説諸法平等義故。立大誓願當令一切得如我故。欲普爲衆生開淨知見故。以此警覺衆生及諸佛故。是故此三昧耶。名爲一切如來金剛誓誠。若不先念持者。不得作一切眞言法事也。

三昧耶とは、平等の義・本誓の義・除障の義・驚覚の義である。(中略)
総じて三昧耶とは、すなわち(仏陀が)確固として獅子吼し、諸法の平等の義を説かれる故に、大誓願を立てて一切衆生をして我と同様ならしめようとする故に、あまねく衆生の為に浄らかな知見を開かんと思う故に、これを以て衆生および諸仏を驚覚する故に、この三昧耶を名けて「一切如来の金剛誓誠」とするのである。もし、いまだ(この三昧耶を受け)念持していない者には、いかなる真言の法事も行ってはならない。

善無畏説 ・一行記『大毘盧遮那成佛経疏』巻九(T39, P674c-675a
[現代語訳:沙門覺應]

『大日経疏』では、三昧耶に四つの意義があるとしながら、総じて三昧耶とは「一切如来金剛誓誠(或は一切如来金剛誓誡)」すなわち「すべての如来の堅固なる誓い」であるといっています。

これは結局、三昧耶をして四種に意味づけながらも、その本来の意味の一つである「誓い」という義を根本としているのでしょう。

ところで、『大日経疏』の上に挙げた一節の中略した箇所において、何故そのように三昧耶には四つの意義があると言うか、その具体的な説明がなされています。しかし、上ではそれら全てを引用するのは冗長となるため略したので、以下に要約したものを表にして示してます。

『大日経疏』に定義される三昧耶(samaya)の意義
No. 意義 理由
1 平等 如来が三昧耶を現証する時、すべての衆生の身語意の三業が如来のそれと、また禅定と智慧と実相身とは、畢竟等しいと知るため。
2 本誓 如来が三昧耶を見証する時、すべての衆生は成仏する可能性(仏性)を有することを知る。故に、あらゆる方便をもって、彼らすべてを無上菩提に導かんと誓願するため。
3 除障 すべての衆生は、如来の法身を備えているにもかかわらず、無明によってそれを覚知出来ないでいる。けれども、三昧耶によれば、その障りたる煩悩をすべて盡きさせるため。
4 驚覚 すべての衆生は、無明の眠りについているために、功徳を覚知出来ないが、真言をもってすれば目覚めさせ得る。また、深い禅定にある諸菩薩を驚覚し活動せしめる。さらに、真言行者が三昧耶を説いた時には、諸仏をすらこの三昧耶を憶持して違越することが無いため。

やはり、今しがた述べたように、これらは四種の意義というよりも、三昧耶という「一切如来金剛誓誠」ようするに「誓約」には、四種の効能・働きがあると言ったものだと把握するのが良いでしょう。

そして、これら三昧耶の意味を表し、その誓約内容を尽くすものとして『大日経』に説かれる陀羅尼(dhāranī)、それが「入仏三昧耶持明」です。三昧耶においてもっとも重要な、欠くべからざる真言です。

南麼三曼多勃馱喃阿三迷咀履二合三迷三麼曳莎訶
(नमः समन्तबुद्धानं असमे त्रिसमे समये स्वाहा)
(Namaḥ samantabuddhānaṃ asame trisame samaye svāhā)

一切の諸仏に帰命す〈Namaḥ samanta buddhānaṃ〉。無等〈asame〉・三平等〈trisame〉は三昧耶なり〈samaye〉。

aは諸法本不生ādhianutpādaの義で、すなわち法界体性〈すべての存在の本質〉
saは諦satyaの義。
meは三昧耶samayaの義。
maは自証の大空mahāśūnya、または我mamaの義。
咀履triは(ta+raで)、心の如実相tathāは塵垢rajas本来不生の義。

善無畏説 ・一行記『大毘盧遮那成佛経疏』巻九(T39, P675a
[編集/現代語訳:沙門覺應]

この『大日経』にこそ説かれる入仏三昧耶の陀羅尼(上段)は、『大日経疏』において以上(中段)のように訳されています。

しかし、ここで訳されている陀羅尼の翻訳(中段)は大して重要ではありません。

もっとも重要なであるもの、それはサンスクリットの一音・一文字に集約された意義を併せ示される、この陀羅尼の密教的解釈です(下段)。

それは、そのような理解がなければ「密教の仏教としての価値」がほとんど、いや、まったく無くなるものです。

しかしさて、以上(下段)の如き、本来のサンスクリット文法から全く離れた密教的解釈は、一般的仏教いわゆる顕教(特に中観)を確かに学び解しておかなければ、到底理解できるものではありません。

あるいはまた『大日経疏』において、そもそも「真言とは何か」が明かされる箇所においても、その例として三昧耶の真言を挙げ、いかに理解すべきかが説かれています。

復次經中自説諸眞言相。初偈云正等覺眞言。言名成立相。如因陀羅宗。諸義利成就者。此明如來眞言通相也。今但約最初三昧耶眞言説之。言謂一一字。皆是一種入法界門。如言阿三迷者。阿字是無生門。娑字是無諦門。麼字是大空門也。名謂此一一字門共成一名。阿名爲無。三迷名爲等。若更合之。即是無等也。成立爲籍此衆名。始終共成一義。如初句云無等。次云三等。次云三昧耶。共相成立。即是無等三平等三昧耶也。復次如以多名共成一句。所謂諸行無常等。乃至綜此多句共爲一偈。然後義圓。即是諸行無常是生滅法生滅滅已寂滅爲樂等。皆是眞言所成立相。餘皆放此。如因陀羅宗者。因陀羅是天帝釋異名。帝釋自造聲論。能於一言具含衆義。故引以爲證。世間智慧猶尚如此。何況如來於法自在耶。

 また次に、経の中に自ら諸々の真言の相〈特徴・有り様〉が説かれる。初めの偈に「正等覚の真言の言[ごん]・名[みょう]・成立[じょうりゅう]の相は、因陀羅宗の如くして、諸の義利を成就す」とあるのは、如来の真言の通相〈共通した特徴〉が明かされたものである。今は一応、最初の三昧耶の真言を例として、これ〈真言の通相〉を説く。
 「言」とは、一つ一つの字はすべて一種の入法界門であること。阿三迷asamaについていえば、阿a字とは無生anutpādaの門であり、娑sa字とは無諦satya?の門であり、麼ma字とは大空mahāśūnya?の門である。
「名」とは、この一つ一つの字門の組み合わせで一つの名となること。阿aをもって無とし、三迷samaをもって等とする。もしこれらをさらに合したならば、それで無等asamaとなるのである。
 「成立」とは、そのような様々な名をもって、始終の組み合わせで一つの意味が成ること。たとえば、(入仏三昧耶の陀羅尼の)最初の句で無等asamaと云い、次に三等trisamaと云い、次に三昧耶samayaというように、組み合わさってその相が成立するのである。すなわちこれは、無等三平等の三昧耶である。また次に、多くの「名」が組み合わされて一句を成立させるというのは、いわゆる「諸行無常」などである。および、これら多くの句をすべてまとめて一偈とし、そしてなおその意味は完全である。すなわち、それは「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽」などである。
 それらは、すべて真言というものの成立する有り様である。他(の真言)についても皆、この例に倣って理解せよ。
 「因陀羅宗の如くして」というのは、因陀羅Indraとは帝釈天の異名である。帝釈天は、自ら「聲論〈サンスクリット文法〉」を造り、よく一言一言に詳細で様々な意味を含ませたのである。そのために(俗世間ではサンスクリット文法が)しばしば引き合いに出され、論拠とされているのである。俗世間の智慧においてもそのようであるのだから、如来の法においてはなおさら(一言一言に詳細で多くの意味を含ませることが)自在であるのは言うまでもないことである。

善無畏説 ・一行記『大毘盧遮那成佛経疏』巻七(T39, P649c
[現代語訳:沙門覺應]

これは真言というものの本質を言及している非常に重要な箇所でもありますが、以上のように三昧耶の真言が内包する意義が開陳されています。

さて、注釈文で最初に挙げられている、そして顕教・密教を問わず、大乗において最も根本的かつ最重要な主題である、阿字すなわち諸法本不生(本初不生)すなわち法界体性などといったことについて。それは「まずは密教を学び修め、後で必要な点だけ顕教を学べば良い」だとか「密教を修めれば顕教も次第に、おのずからわかるようになる」などということが、絶対にありません。

三昧耶戒は、ただ外的・内的な行動規範たる戒というだけでなくて、諸法本不生すなわち無自性空についての理解が求められるものです。詳しくは後述しますが、空性の理解なくして、三昧耶戒の本質を理解することは出来ません。

この問題は、たとえば世間で「初心の者でも修習可能の密教瞑想法」だとか「もっとも易しく、かつまた深遠な修習法」などとして宣伝されている阿字観だとか、密教僧が行なう身口意の三密瑜伽のうち核心的な修習となる字輪観などに連なる、大きなものです。

それは、一歩間違えると、仏教の範疇からしてとんでもない見解を持つ者となってしまうでしょう。

実際、真言宗においては江戸初期、顕教に対して密教の優越性というものを殊更に主張しよう試み、空海そして密教を絶対視しするあまりにむしろ大いに誤解し、釈尊そして縁起法を公然と完全否定した驚くべき人がありました。

将軍綱吉などの信をうけ、江戸湯島の霊雲寺を開いた浄厳覚彦[じょうごん かくげん]です。

彼は密教の事相面において、経軌に忠実に基づいての安祥寺流の再編成という特筆すべき業績を残し、その故に今も真言の僧職の人々から非常に讃仰されている人です。あるいはまた、慶長七年より再び復興された戒律について、鎌倉期の叡尊律師らに淵源する真言律に対抗し、その独自性を謳わんとして「如法真言律」なるものを提唱。戒律の護持を強調し、多くの人びとに授戒した、江戸期の戒律復興運動の流れに連なる人でもあります。

しかし、彼については特に事相面ばかりが取りざたされ、もてはやされるのですが、「まさに外道」と呼ばれるにふさわしい、その教相についての惨憺たる見解はほとんど知られていません。

それは、現在の真言密教における大抵の事相家や法式に詳しいなどと言われる人々に、それを理解するだけの知識と能力がまるで欠けていることも、その原因の一つではあるのですけれども。

(別項“実恵『阿字観用心口決』”を参照のこと。)

閑話休題。あるいは諸経論の所説を専心に学習し、あるいは深く諸法の真相を思惟することもなく、ただ(漠然とした、しかしながら篤い)信仰などというものをもって日々に礼拝し、漫然と瞑想していくうちに「自然と」理解されていくといった如きものでは、仏教は到底ありません。

たとえば、「花は紅、柳は緑」などと禅宗で言われ、それは世間でも人口に膾炙される言葉でありましょう。が、それは取り方一つでまるっきり逆の意味にもなり得る言葉です。

そのような表現・理解は日本人の最も好むところかもしれません。しかしながら、「自然と」覚る、「自然の流れに身をまかせ」て全き悟りに至る、などということは決して無い。

もし、それが可能だというならば、釈尊をはじめとする過去の聖者・賢者は一体どうして多大な時間と労苦を費やし、あるいは菩提の華を開き、あるいは賢者の高みへようやく至ったというのでしょうか。

さて、あるいは、これは『大日経』に説かれるものではありませんが、いわゆる三昧耶戒の真言として一般には以下の真言が知られています。これは、後述する『無畏三蔵禅要』という典籍に説かれる真言です。今に伝わる密教の諸々の儀式儀礼などにて用いられています。

唵 三摩耶薩怛鑁
(ॐ समयस्त्वं / oṃ samayastvaṃ)

オーム 汝は三昧耶なり。

現在、真言宗ではこの真言を「おん さんまや さとばん」と読み、天台宗では「おん さまやさたばん」と読むなどして相異なっています。

真言宗と天台宗のいずれの読み方にせよ、そのサンスクリット本来の発音すなわちカタカナ表記でいえば「オーム サマヤストヴァン」という発音からすれば、訛りに訛り、まるで異なった(本来的には「真言」と言えない)ものとなっている、とすら言えるものです。

それでもこの三昧耶戒の真言などは「まだマシ」なほうです。なかでも天台の読みの方が、『無畏三蔵禅要』における音写でも記されているとおりに「三」を「さん」と読まず「さ」としているだけ、よりマシとなっています。

やはり、典拠にそう明記されており、またそもそも原語たるサンスクリットからしてこれを「さん」と読むことは全くありえないので、これはどうしても「さんまや」などと読まず、「さまや」と読まなければならない。

もっとも、そのようなことを言い出せば、それはおよそほとんど全ての現代日本で用いられている真言・陀羅尼に該当してしまう問題となるでしょう。

サンスクリットと日本語では、そもそも言語系統が全く異なったもので、人によっては下手をすると発音すらまともに出来ないような音もあります。また、その伝承過程も印度から直接で無く、漢語を経由しているなど色々と複雑であったり、平安期から日本語自体の発音も変化したりしているなど、仕方のない事でもあったのでしょう。

(ただし、これは完全に余談となりますが、言語系統がまったく異なるとはいえ、日本語はサンスクリットの影響を非常に受けてもいます。たとえば、「あいうえお」から始まる「あかさたな」の五十音の構成は、まったくサンスクリット(インド語)の母音子音の構成を踏襲したものです。それは、おそらく梵語の知識のあった僧侶によって作られたものです。)

(また、日本語の発音の変化について言えば、例えば「はひふえほ」は、今の日本語では「Ha Hi Hu He Ho」と発音されますが、その昔は「Pa Pi Pu Pe Po」と発音されていました。この事実は様々な傍証によって明らかにされていますが、その根拠の一つとして日本語の「あかさたな」という順序を作るのに元とした、サンスクリットの子音の構成が挙げられています。)

(よって例えば、知恵を意味するサンスクリットprajñā[プラジュニャー]あるいはパーリ語などのインド語paññā[パンニャー]の音写語である「般若」という語は、いまHannya[ハンニャ]と読みますが、往古は日本でもPannya[パンニャ]と、サンスクリットよりむしろパーリ語に非常に近い発音をしていたことが知られます。しかし次第に、「は」の読みがPa[パ]からFa[ファ]になり、近世頃には今のHa[ハ]になったのであると言われています。)

このような事態に対しては、江戸中期に堕落していた仏教の復古、戒律の復興に尽力されたのみならず、梵語(サンスクリット)を独学で相当な程度まで理解された空前絶後の人、慈雲尊者が取られたような態度、すなわち「本来を理解している者はそれを行えば良い。けれども、(無理解の者が)集団である時に強いてその本来をすることもない」などといった態度をもってするのが、ひとまずは穏当であるでしょう。

真言・陀羅尼について

ところで、空海は、真言というものを以下のように表現し、それを斯く斯く然然と説くことについての見解を述べています。

真言不思議 觀誦無明除
一字含千理 即身證法如
行行至圓寂 去去入原初
三界如客舍 一心是本居
問陀羅尼是如來祕密語。所以古三藏諸疏家皆閉口絶筆。今作此釋深背聖旨。如來説法有二種。一顯二祕。為顯機説多名句為祕根説總持字。是故如來自説अ字ॐ字等種種義。是則爲祕機作此説。龍猛無畏廣智等亦説其義。能不之間在教機耳。説之默之並契佛意。

真言は不思議なり。観誦したならば無明を除く。
一字に千理を含み、即身に法如を証す。
行行として円寂に至り、去去として原初に入る。
三界は客舎の如し。一心は是れ本居なり。
問う。陀羅尼は是れ如来の秘密語なり。所以[このゆえ]に古[いにしえ]の三蔵・諸の疏家、皆な口を閉じ筆を絶つ。今ま此の釈を作る、深く聖旨に背けり。
(答う。)如来の説法に二種有り。一には顕、二には秘。顕機の為めに他名句を説き、秘根の為めに総持の字を説く。是の故に如来、自らअ字ॐ字等の種種の義を説き玉えり。是れ則ち秘機の為に此の説を作す。龍猛・無畏・廣智等、亦た其義を説けり。能不の間、教機にのみ在り。之を説き、之を黙する。並びに仏意に契えり。

空海『般若心経秘鍵』(『定本 弘法大師全集』Vol.3, P11
※表記上、文中の悉曇文字はDevanagariに置換

(例えば玄奘三蔵の五種不翻などによって)支那以来、一般に「陀羅尼不翻」と言われ、顕教においても真言や陀羅尼を翻訳することは一種の禁忌(タブー)とされてきました。

しかし空海は、例えば今引いた『般若心経秘鍵』において、その禁忌を破っているという自身への批判を想定し、以上のように反論しています。

また、空海によれば「真言とは不思議なものである。一字に千理を含むその字義を観察しつつ誦したならば、自身の無明を除き、この身・人生において菩提を証す」などといったものであります。

いや、そもそも『大日経疏』において、「真言の教え」というものは何であるか、以下のように明々に宣揚されています。

經云。祕密主云何眞言法教者。即謂阿字門等。是眞言教相。雖相不異體體不異相。相非造作修成不可示人。而能不離解脱現作聲字。一一聲字即是入法界門故。得名爲眞言法教也。至論眞言法教。應遍一切隨方諸趣名言。但以如來出世之迹始于天竺。傳法者且約梵文。作一途明義耳。

『大日経』に説かれる「秘密主〈金剛薩埵〉よ、何が真言法教であろうか」とは、すなわち阿字門等であって、それが真言の教相〈教えの特徴〉である。その相は体〈本質〉に異ならず、体は相に異ならず、相は造られたものでなくて(その所以を)人に示すことなど出来はしない。しかし(それは)、「解脱」を離れること無しに、声字〈音と文字〉としてある。一つ一つの声字は、すなわち法界に入る門であることから、真言法教と言われるのである。敷衍して言ったならば、この真言教法は、あらゆる方角のあらゆる場所〈境涯〉における名と言葉において遍じた〈該当する〉ものである。ただ、如来が世に出られたのが天竺〈インド〉であったことから、その法を伝える者らは、いちおうサンスクリットを例とし、(このような)一つの手段によってその意味を明らかにしているのに過ぎないのだ。

善無畏説 ・一行記『大毘盧遮那成佛経疏』巻七(T39, P651b-c
[現代語訳:沙門覺應]

実は、『大日経疏』の所伝によれば、真言陀羅尼は必ずしも「サンスクリットでなければならない」というものではありません

しかしながら、釈尊がインドに生を受け、またサンスクリット(などインド語)によってその教えが伝えられてきたものであるために、それを敬し、サンスクリットによってこそ学び、また言うのであります。

もっとも、真言はそのように一字一字の文字、あるいは音にまで還元して理解すべきものとされるのですが、それは全くサンスクリットの語彙を前提としているので、やはりサンスクリット無しには全然理解できないものとなるのですけれども。そして、ついでに言うならば、そのようにサンスクリットの語の頭文字一字にて表される、一般的仏教すなわち顕教の教理への理解無しには、真言などまるで意味の無い迷信、呪文の類となります。

いずれにせよ、ただ単純に「サンスクリットであるから真言陀羅尼である」というわけでは決して無い。

であるならばなおさら、その一つ一つの字や音でもって表される意義が、その意図する内容がわからなければ、わかろうとしなければ、ただオウムや九官鳥が空虚な音節を繰り返すに等しいもので、その意味も価値もまずありません。

それは、「バカの一つ覚え」というにすら値しない。

これは、引用元の文脈を無視した恣意的なものとなりますが、空海の著作の中に、次のような言葉があります。

能誦能言鸚鵡能為。言而不行何異猩猩。

よく誦し、よく言うだけならオウムでも出来ることである。しかし言うだけで行じることがなければ、猩猩[しょうじょう]〈猿の化け物〉と何ら違いはないであろう。

空海『秘蔵宝鑰』巻中(『定本 弘法大師全集』Vol.3, P135)
[現代語訳:沙門覺應]

いや、この場合は以下の言葉が妥当でしょうか。

妙薬盈篋。不嘗無益。珍衣満櫃。不著則寒。

妙薬が箱の中に満ちていたとしても、それを服用しなければ薬効などありはしない。珍衣が櫃[ひつ]に満ちていたとしても、それを着ることがなければ寒いままである。

『遍照発揮性霊集』巻十 「答叡山澄法師求理趣釈経書」
(『定本 弘法大師全集』Vol.8, P205)
[現代語訳:沙門覺應]

真言宗、真言陀羅尼宗の核心としての、真言そして陀羅尼。そして、これを核とする諸々の瑜伽法(瞑想法)いわゆる「三密瑜伽」もしくは「三密加持」。

それは、ただ紙面・文字上で斯く斯く然然と書いてあることを読んで学ぶ「だけ」で、その謳われている内容を理解し、またその功徳が期待できるものではないでしょう。それは、いま引いた空海が最澄からの密教受法についての頼みを、慇懃無礼に断っている手紙に、長々と書かれているとおりでありましょう。

空海は、その著作の中で「三密加持すれば速疾に顕わる」と言い、また「即身に法如を証す」と謂い、であるからが故に、真言密教というものが勝れた教えであることを主張されています。

しかしながらそれは、今の真言門徒が好んで頻繁に口にする、「理屈などさておき、とにもかくにもオダイシ様とホトケ様を信じ、日々熱心に拝んでいればそのうち解るのだ」だとか「学者的理屈など知らなくとも、日々にただただ行法(瞑想)していれば次第に体得出来るのだ」などと言えるようなものでも、全く、断じてない。

いや、そもそもそれは仏教ですらない。

ではなぜ、そのように断じ得るのか。

画像:拝み屋(デンパ)だっていいじゃない、人間だもん

実際問題、現実として(少なくとも現在の真言宗においてそのように言う輩の)誰一人として「速疾に顕われ」ておらず、また全然「即身に法如を証」してはいないことが、ただ拝んでどうにかなるものではないことの、その確固明白たる証であるためです。

その事実は、諸経論の文証を挙げるなどして、どうにか反論出来るものではない。

そのような事態は、日本史上、ただ仏教についてだけというにとどまらず諸方面に大なる業績を遺すも、もはやとうの昔に逝去してない偉大な人、かの空海自身からすれば生前予想だにしなかった、実に鬱々たる悲劇というべきものでありましょう。

けれども反面、空海の死後百年頃から、弟子筋の観賢や仁海などにより、真言宗の政治的運動・経済的動機によって「弘法大師」として恣意的に超人化されたことを嚆矢とし、爾来、次第に妖怪・怪異の如きまったくの別モノに祀り上げられ、しかしながら現代に至るまで篤く崇め奉られている事態たるや、それに関知せずしてただ傍見する者からすれば、まこと奇妙奇天烈で愉快な喜劇でもありましょう。

世間では、あるいはそのような事態をして「文化だ!」などと言い、もしくは実際は案外いい加減で曖昧な「伝統」などという言葉で修飾したならば、たちまち賞賛し得る事柄とすることも出来るでしょう。それは、現実に行われてもいることです。

三昧耶戒の戒相

では、三昧耶戒の戒相はどのようなものであるのか、いかなる内容のものか。

その由縁・根拠を明瞭に知るために重要な事柄であるため、長くはなりますがやや詳細に示します。

三昧耶戒の戒相は、まず『大日経』入漫茶羅具縁真言品に説かれる「三昧耶偈」に示されています。そしてそれは、『大日経疏』において具体的に注釈されています。

ここは先ず、その「三昧耶偈」を示します。

佛子汝從今 不惜身命故
不應捨正法 捨離菩提心
慳悋一切法 不利衆生行
佛説三昧耶 汝善住戒者
如護自身命 護戒亦如是
應至誠恭敬 稽首聖尊足
所作隨教行 勿生疑慮心

仏子よ、汝は今より身命を惜しまざるが故に、
應に正法を捨て、菩提心を捨離し、
一切法を慳悋し、衆生を利せざる行をなすべからず。
仏は三昧耶を説き玉ふ。汝、善住戒者よ、
自らの身命を護るが如く、戒を護ることも亦た是の如し。
應に至誠に恭敬して、聖尊の足を稽首すべし。
作す所は教へに隨て行じて、疑慮心を生ずること勿れ。

『大毘盧遮那成佛神変加持経』巻二 入漫茶羅具縁真言品第二之餘(T18, P12b
[訓読文:沙門覺應]

この三昧耶偈について、『大日経疏』は以下のように注釈しています。

前云耳語言告一偈者。猶如僧祇家授六念。薩婆多授五時法。以此驗知曾受具戒以不。今此四戒如受具竟已略示戒相。當知即是祕密藏中四波羅夷也。如人爲他斷頭命根不續。則一切支分無所能爲。不久皆當散壞。今此四夷戒是眞言乘命根。亦是正法命根。若破壞者。於祕密藏中猶如死尸。雖具修種種功徳行。不久敗壞也。〔中略〕
但隨煩惱之心。造婬盜殺妄等。而未損彼三乘善縁。猶如聲聞法中偸蘭遮罪。是方便學處中攝也。
次下是阿闍梨教戒之語。佛説三昧耶者。梵本兼有此字。言十方三世佛。共説此三昧耶。同行一如實道。更無異路。今漫荼羅中。一切集會現爲證驗也。梵云蘇沒囉多。翻爲善住戒者。以其善住三昧耶故。亦名善住戒者。即是異門説佛子之名。如護汝父母生身所有躯命。今愛此法身慧命。亦當如是也。

 先に「(三昧耶の)一偈を唱えよ」と耳打ちして言ったのは、たとえば大衆部(の律)が六念を授け、あるいは説一切有部(の律)が五時法を授けることをもって、(その者が)すでに具足戒を受けたか否かを調べるようなものである。この(三昧耶偈で示された)四戒は、具足戒を受けてのちに、略してその一一の戒相が示されるようなもの。まさしく知るべきである、これは秘密蔵における四波羅夷であることを。人が、他人によって頭を断ち切られて命が終わってしまったならば、たちまちその他の四肢・器官が動かなくなり、短い間に(その死体も)朽ち果ててしまうように、いま四波羅夷として示したこの戒は、真言乗の命根である。あるいは、これが正法の命根でもある。これを破る者は、秘密蔵における死体のようなものだ。つぶさに様々な功徳行を修めたとしても、短い間に朽ち果てるであろう。〔中略〕
 ただし、(三昧耶戒を受けた者が)煩悩の心に惑わされて、(異性・同性を問わず)性交渉・重大な窃盗・殺人・大妄語など犯してしまったとしても、その者の(密教以外の)三乗への善縁が損なわれることはない。それは声聞乗(の律)における、(波羅夷・僧残には至らないほどの重罪あるいは未遂罪である)偸蘭遮[ちゅうらんじゃ]sthūlātyaya罪であり、これは方便学処に摂せられる。
以下は、阿闍梨の教誡の言葉である。「仏は三昧耶を説き玉ふ」とは、サンスクリット本にも記されているのである。これはつまり、十方三世の仏陀は、皆すべてこの三昧耶を説かれ、同様に「一如実道」を歩まれて、その他に異なった道など無かった。いま曼荼羅において一切(の仏陀らは)集まられ、現に証験されているのである。それをサンスクリットでは蘇沒囉多suvarataと言い、漢訳で善住戒者と言うのである。「善く三昧耶に住している」ことから善住戒者と言うのであって、それはすなわち仏弟子の異称なのだ。
 汝が父母から受けた身命を守るかのように、いまこの法身の慧命を愛すことも同様にしなければならない。

善無畏説 ・一行記『大毘盧遮那成佛経疏』巻九(T39, P671a-c
[現代語訳:沙門覺應]

『大日経疏』は、三昧耶偈で示された四ヶ条は、密教における波羅夷[はらい]であると断じています。

波羅夷とは、サンスクリットまたはパーリ語pārājika[パーラージカ]の音写語で、断頭あるいは不応悔[ふおうけ]または他勝処との漢訳語があります。頭を落とされたなら生命が絶たれて生き返ることが絶対無いように、「決して許されざる行為」というほどの意味です。

それは本来、『大日経疏』でも述べられているように律の用語であって、戒について言うには不適当なものです。しかし、『大日経疏』では、敢えて波羅夷という仏教徒(特に僧侶)に非常に重大な意味を持つ言葉を用い、三昧耶偈にて説かれる四ヶ条について、密教徒に対して厳しく戒めているのです。

もっとも、これは密教が出家者に限ってのみ説かれたものではないこともあるのでしょう。もし密教行者がその煩悩の故に、婬・偸盗・殺人・大妄語という、出家者(比丘)であればこのうち一つでも犯したら問答無用で即還俗のうえ二度と出家できない、本当の意味での「波羅夷」を犯したとしても、それは重罪には違いないけれども偸蘭遮[ちゅうらんじゃ]であるとしています。

そして、それが元で三乗(密教以外の仏教)との善縁が断ち切れるまでのことは無いと、『大日経疏』はわざわざ但し書しています。

が、この但し書きの一節は、若干その意図を掴みかねるものです。常識的には、もし比丘(正式な僧侶)であって密教を奉ずる者が、本当の意味での四波羅夷を犯したならば、彼はもちろん即還俗させられ出家者でなくなるでしょうが、仏教徒でなくなるというまでのことではない、という意味と採ることが出来ますけれども。

ところで、あるいはまた『大日経』に説かれる三昧耶偈と内容を同じくするものが、『初会金剛頂経』の異訳『金剛頂瑜伽中略出念誦経』(『略出念誦経』)にも説かれています。

爲説三摩耶。令其堅固。告言善男子汝應堅守正法。設遭逼迫惱害乃至斷命。不應捨離修菩提心。於求法人不應慳悋。於諸衆生有少不利益事。亦不應作。此是最上句義。聖所行處。我今具足爲汝説竟。汝當隨順如説修行。

(汝らの)為に三摩耶を説く。それを堅固ならしめんが為に、善男子に告げて言く、「善男子よ、汝は、まさに堅く正法を守らなければならない。たとえ差し迫った危難や生命の危機にすら遭遇したとしても、菩提心を修すことを捨離してはならない。求法の人に対して(法を)出し惜しみしてはならない。諸の衆生に対して、少しも不利益の事を行ってはならない。これは最上の句義であって、聖者の行ぜられる所である。私は今(三昧耶を)具えており、汝の為にここに説いたのである。汝、まさに随順して如説に修行せよ」と。

金剛智訳『金剛頂瑜伽中略出念誦経』巻三(T18, P252b
[現代語訳:沙門覺應]

三昧耶というものは、ただ『大日経』系の密教にのみ説かれるものではありません。

この項では一切触れませんが、日本に伝わらなかった、いわゆる後期密教といわれるチベット仏教における密教でもまた、その授受にあたっては様々な三昧耶が説かれ、やはり必須のものとして理解され実行されています。

さて、けれども空海は、先に挙げた『大日経』「三昧耶偈」と『大日経疏』での所説に従いつつ、しかしさらに多くをその内容として加えたものを三昧耶戒としています。それは、三昧耶戒の内容を明らかにしつつこれを授戒するための作法次第を説いた、空海の自著『秘密三昧耶仏戒儀』において示されています。

以下、三昧耶戒の内容が明示されている一節を徴します。

次甄別戒性
已發菩提心具菩薩戒竟。復應修四攝法及四波羅夷及十重戒。不應缺犯。其四攝者所謂布施愛語利行同事。〔中略〕
今入此三密門即身口意密復應淨除四障。〔中略〕
次應修四威儀。名無作。於其功徳運運之間自然増長。〔中略〕
将入陀羅尼門。復具三種三昧耶。是践如來所行之迹。必須專精四波羅夷誓无缺犯。所謂四波羅夷者。若有毀犯。由如断頭命根不續則一切支分无所能為不久散壊。菩提心戒四種戒相。亦是大乗正法命根。若破壞者。由如死尸雖修種種功徳不久敗也。〔中略〕
次説十重戒相。〔中略〕
是則最上最尊無比無等之戒也。速滅罪障頓證菩提之門也

次に、戒の内容をそれぞれ解き明かしていく。
 (汝らは)すでに菩提心を発し、菩薩戒を受けたのである。そこで四摂法および四波羅夷および十重戒とを修めなければならない。違反してはならない。その四摂法とは、いわゆる布施・愛語・利行・同事である。〔中略〕
 今この三密門に入ったならば、すなわち身密・口密・意密において四障を断じなければならない。〔中略〕
 次に、四威儀(=誓願)を修めなければならない。これは無作と名づけ、その功徳は(威儀を)備えているうちに、自然と増長するであろう。〔中略〕
 まさに陀羅尼門(真言密教)に入ろうとするならば、また三種の三昧耶を備えなければならない。これは如来が行われたその跡を、辿り行なうものである。必ず須らく四波羅夷[しはらい]を、心して、誓って犯すことが無いようにしなければならない。いわゆる四波羅夷とは、もしそれを犯したならば、譬えば首を落とされれば命根を失い(死んで)その手足胴体すべて朽ちゆくようなものである。菩提心戒の四種の戒相はまた、大乗正法の命根[みょうこん]である。もしこれを打ち破ることは、喩えるならば屍が諸々の功徳を修めたとしても、(その身体は)まもなくうち腐れて(その功徳も無に帰して)しまうようなものである。〔中略〕
 次に、十重戒の相を説こう。〔中略〕
 この三昧耶戒は、すなわち最上最尊無比無等の戒である。速やかに罪障を滅し、たちまちに菩提の門を証すものである。

空海『秘密三昧耶佛戒儀』(『定本弘法大師全集』Vol.5, P174
[現代語訳:沙門覺應]

上では冗長かつ煩雑となるため省略しましたが、中略した箇所はそれぞれ戒の内容がいかなるものかが説かれています。

いま中略した箇所にて説明されている内容を、わかりやすいようまとめ、表にして示したならば以下のとおり。

三昧耶戒の戒相
四摂法
1 布施
(爲欲調伏無始慳貪
及利益有情故)
与え得るものを他者に施す。
(無始以来の慳貪を調伏し、生けるものを利益しようと欲するために。)
2 愛語
(爲欲調伏嗔恚憍慢
煩惱及利益有情故)
優しい言葉を用いる。
(瞋恚・驕慢の煩悩を調伏し、生けるものを利益しようと欲するために。)
3 利行
(爲欲饒益有情
及滿本願故)
他者を利すること。
(生けるものを利益しようと欲し、本願を満たすために。)
4 同事
(爲欲親近善知識
及令善心無間斷故)
他者に協力すること。
(善知識に近づき親しみ、自他の善心が途切れること無くあれと願うために。)
四波羅夷
1 不應捨正法
而起邪行戒
すべての如来所説の正法を学ぶことに倦まず、捨てず、邪行(仏教以外)に走らない。
2 不應捨離
菩提心戒
大乗に絶望し、菩提心を捨てて、小乗の悉地や施与による人天の果報を求めない。
3 於一切法
不應慳恡戒
すべての(仏の)教えを、求める人にその時機が適っている場合には、教授すること惜しまない。
4 不得於一切衆生
作不饒益行戒
すべての衆生に対し、布施・愛語・利行・同事の四攝法に相反する行いをなさない。
十重戒
1 不應退菩提心
(妨成佛故)
菩提心を後退させてはならない。
(成仏の妨げとなるため。)
2 不應捨離三寶歸依外道
(是邪法故)
三宝への信を捨て、外道に帰依してはならない。
(邪法であるため。)
3 不應毀謗三乘教典
(皆佛法故)
菩薩乗・縁覚乗・声聞乗の三乗の教典を謗り、非難してはならない。
(いずれも仏法であるため。)
4 於甚深大乘經典
不通解處不可生疑
(非凡夫境界故)
甚深なる大乗経典において、己が理解できない点について疑いを生じてはならない。
(常人の理解を超えたものであるため。)
5 若復有人已發菩提心者
不應説如是法
(令彼退菩提心
趣向二乘斷三寶種故)
すでに菩提心を発している者には、密教を説いてはならない。
(彼の菩提心を退かせて二乗に趣かせ、三宝種を断ってしまうため。)
6 見未發菩提心者
亦不應説如是法
(令彼發於二乘之心違本願故)
いまだ菩提心を発していない者にも、密教を説いてはならない。
(彼に二乗の心を起こさせ、本願に違わせるため。)
7 對小乘人
不應輒説深妙大乘
(恐彼生謗獲大殃故)
小乗の人に対し、容易に深妙なる大乗を説いてはならない。
(おそらく彼は大乗を謗り、その為に彼が大きな災いを得るであろうため。)
8 不應發起邪見
(斷善根故)
常見・断見など邪見を起こしてはならない。
(善根を断ずるため。)
9 於外道前不應自説
我具無上菩提妙戒
(令彼以嗔害心求如是法
不能辨得退菩提心。二倶損故)
外道の者に対し、自分から「私は無上菩提の妙戒を受持しているのだ」などと言ってはならない。
(彼は怒り、害意をもって密教を求めることとなるも、ついに得られなかったならば、彼の菩提心を退かせる。畢竟、彼も菩提心も両方を損ずることになるため。)
10 但於有情中所損害及無利益。
皆不應令自作及教他作
(見作隨喜即於利他法中
及以慈悲相違背故)
生けるものを損害し、あるいは何ら利益を及ばさない行為は、自ら行ってはならない。また他者に行わせてもならない。
(それを見て随喜したならば、利他法ならびに慈悲にも相違するため。)

『秘密三昧耶仏戒儀』の中で空海は、「修四攝法及四波羅夷及十重戒(四摂法および四波羅夷および十重戒とを修めなければならない)」あるいは「将入陀羅尼門。復具三種三昧耶(まさに陀羅尼門に入ろうとするならば、また三種の三昧耶を備えなければならない)」と言い、『大日経』および『大日経疏』でも内容とされていない、四摂法と十重戒とを加えて三昧耶戒の内容として挙げています。

一体何に拠って、空海は四摂法と十重戒とを三昧耶戒の内容として示したのか。

それは、『大日経』系の密教を唐代の支那にもたらした善無畏三蔵が、漸悟を標榜したといわれる北宗禅の開祖神秀の弟子と思われている崇岳敬賢と対論した時のものが筆記・編集されたものという『無畏三蔵禅要』です。空海が日本に初めて唐から請来した典籍です。

『無畏三蔵禅要』は、「禅要」などと銘打たれていますがほとんど「授戒次第」であり、いわゆる禅宗の教義や修習法などとは全然関しない、特に密教徒に対して説かれたものです。

ただ、密教徒に対するものと言っても、それも最後半部に密教の修習について真言を交えて若干説かれている程度のものです。分量的にはごく僅かではありますが、当時のインドの修習法を伝えていると思われるもので、またいわゆる月輪観の根拠ともなる貴重なものです。

どのような方法であれ、仏教の修道においては、戒・定・慧の三学を必ず次第して行わなければならないものです。それは合目的的であります。密教といえど、先ず戒をもってしなければならないのは変わりありません。

『無畏三蔵禅容』は、あるいはそのような仏教として当然の手順・前提を示さんとして銘打たれたものかもしれません。

では、何を授戒するためのものであったか。

それは大乗の菩薩戒(三聚浄戒)であって、三昧耶を内容とするものなどではありません。そこでは菩薩戒の内容として、ただ四摂法と十重戒とが挙げられるのみです。そもそも三昧耶という言葉自体、一語として説かれていない。

しかし、空海は『秘密三昧耶仏戒儀』において、三聚浄戒(菩薩戒)の内容が三昧耶戒であると、これは善無畏三蔵が『大日経』系密教の継承者でありその注釈者でもあったからでもあるでしょう、いわば『大日経』および『大日経疏』所説の三昧耶戒と『無畏三蔵禅要』における菩薩戒(三聚浄戒)とを統合しています。

空海が『秘密三昧耶仏戒儀』で挙げている四摂法と十重戒とは、『無畏三蔵禅要』所説そのままのものです。

(詳細は別項“善無畏『無畏三蔵禅要』”を参照のこと。)

そして、さらにまた空海は、先に触れた不空三蔵によって漢訳された『受菩提心戒儀』も大きく取り入れています。同じく授戒の次第を説いている書ではありますが、空海は授戒の次第に関しては『無畏三蔵禅要』でなく、『受菩提心戒儀』に説かれる作法や真言などを採用しています。

さて、唐代の真言密教の正統をもたらした空海によって、日本において主張された三昧耶戒は、空海が唐で恵果和尚より受けたという「発菩提心戒」そのままのものでは、おそらくありません。ただ、それはまるで新しく独自の、「空海謹製」なるものであったというわけでもありません。

もし、そのようなものであったならば、それは取るに足らない、仏教者の依るべきでないものとなるでしょう。空海自身、そのようなつもりはなど毛頭なかったに違いない。

それは、当時の唐に様々に伝わっていた、密教行者に対する諸戒を「三昧耶」の名のもと、今示したような相応の典拠に依って統合されたものです。これは空海によってなされた、一つの大きな業績だったと言えます。

そしてそれは、空海が海を隔てた異国からやってきたにも関わらず、支那に伝わっていた唐代の密教の正統なる継承者、いわゆる伝灯の阿闍梨となった自覚や自負があったからこそ成し得たことでもあったでしょう。

事実、空海によってこのような形でいわば統合・別出されて打ち出された三昧耶戒への理解は、真言宗にとどまらず天台宗でも導入され、実行されていくようになっています。

越三昧耶(越法罪)について

ところで、密教において厳重に戒められる行為があり、今の真言や天台でもやかましく言われることがあります。

それは、先に示した『大日経疏』に云われる「所有祕密之法無三昧耶者。不應爲説(この秘密之法を、三昧耶なき者には、決して説いてはならない)」という点。すなわち、三昧耶を受持していない者に対し、密教(の具体的修道法)を決して説いてはならないということです。

これを犯すことを、特に越三昧耶法[おつさんまやほう]あるいは単に越三昧耶、もしくは「有部律」の用語を流用して、越法罪[おっぽうざい]などと言いいます。

その越三昧耶となる具体的な行為を、『大日経疏』は以下のように記しています。

既聞是已。於一切眞言法中不敢違越。所以然者。若菩薩於衆生諸法中。作種種不平等見。則越三昧耶法。若於此平等誓中。作種種限量之心。亦越三昧耶法。諸有所作隨順世間名利。不爲大事因縁。亦越三昧耶法。放逸懈怠不能警悟其心。亦越三昧耶法。以越三昧耶故。有種種障生。自損損他無有義利。是故諸菩薩等。奉持此三昧耶如護身命。不敢違越也。

すでに是れ(三昧耶)を聞いたならば、一切の真言法において、敢えて違越してはならない。その所以は、もし菩薩が衆生と諸法とについて、(その本質において)様々に「平等ではない」との見解をもったならば、すなわち三昧耶を越え違う。もし平等の誓願を起こしておきながら、さまざまに別け隔てして制限する心を起こしたならば、また三昧耶の法を越え違う。すべて己が行動する中で、むしろ世間の名利を願い求めるのみで、(菩提という)大事の因縁とすることがなければ、また三昧耶の法を越え違う。放逸・懈怠して、その心を奮い励ますことが出来なければ、また三昧耶の法を越え違う。三昧耶を越え違うがために、様々な(菩提への)障害が生ずる。自らを損ない、他者を損なうのみで、無益なことである。そのようなことから諸菩薩等は、この三昧耶を奉持すること身命を護るが如くにして、敢えて違越してはならないのである。

善無畏説 ・一行記『大毘盧遮那成佛経疏』巻九(T39, P675a
[現代語訳:沙門覺應]

ここに説かれる、なすべきでない四つの行為については、空海も先に挙げた『秘密三昧耶仏戒儀』の中で「四障」として言及しています。すなわち、「今入此三密門即身口意密復應淨除四障(今この三密門に入ったならば、すなわち身密・口密・意密において四障を断じなければならない)」という一節がそれです。

この越三昧耶あるいは越法罪ということについて、これは近世からのことなのでしょうか、今の密教徒にもひどく拡大解釈して用いる者がしばしば見られます。

例えば、「三昧耶戒(ひいては灌頂)を受けていない者に対しては、どのような真言であれ一語たりとも教えてはいけない。解説してはいけない」であるとか、「それが書かれている経典や論疏・儀軌はもとより、内容を解説している書物をすら見せてはいけない」、あるいは「三昧耶戒を受けていない者が真言・陀羅尼を唱えることも禁止されている」などと、ただ単純に言う者が比較的多くあるのです。

笑うべし。まったく愚かな謬見であると言わざるを得ません。

もし、であるとするならば、三昧耶戒を受けていない者に『般若心経』を読誦させると越三昧耶だということになるのでしょうか。なんとなれば、空海の『般若心経秘鍵』によれば、『般若心経』(特に最後の真言)は密教経典であると理解されているためです。まぁ、これは我ながら少々極端な物言いでありましょうか。

あるいは、空海自身、唐に渡って正式に密教を受法する以前、吉野の何者かより虚空蔵求聞持法[こくうぞうぐもんじほう]を習い、これを修習しています。このとき空海がすでに三昧耶を、ましてや灌頂を受けていたなどとは到底思えず、まずありえないことです。

また近いところで言えば、偉大なる行跡をのこした大戦前の碩学、長谷宝秀師など、悩める学生時代を送っていた上山春平に、出家だの灌頂を受けさせてどうこうだのすることなく求聞持法を授け、行わせています。

(すなわち、虚空蔵求聞持法を引き合いに出して言えば、それは今いわれるような意味での秘法などではなく、灌頂を受けていないものに教えてはいけないなどといったものでもない。)

そもそも、顕教の諸経典にも広く様々に真言・陀羅尼は説かれているので、そのような単純な物言いは全く妥当性を欠いたものです。

そもそも、そのような妥当性や根拠を欠いてではなく、越三昧耶ということを上掲の『大日経疏』ならびに『秘密三昧耶仏戒儀』に正しく従って言ったならば、現在の日本の密教を標榜する僧尼はほとんどすべて越三昧耶に該当することになるでしょう。

しかし、確かに、密教には「無資格者には他言無用」という側面があって、それは必ず遵守すべき規定であります。例えば、先ほど三昧耶戒の戒相を示したもののうち、十重戒の第五と第六などは、軽はずみに密教を他者に説くことを戒めた箇条でもありましょう。

(ここで、私は十重戒の第五と第六とにいわれる「不應説如是法(この如き法を説くことあたわず)」の「如是法」を、密教であると解して上の表にも記しています。ただし、これは異論のあるところです。真言の学者らによって普通一般には、これは密教のことではなく「なにごとか人の心をくじく教え・言葉」などとして理解され、解説されている場合が多いことを一応断っておきます。)

けれども、今挙げた『大日経疏』、ならびに先に挙げた空海の『般若心経秘鍵』の一節から明白なように、善無畏三蔵や一行禅師、空海などは、そのように単純には全く考えていなかったことが知られます。

密教、それはその教えの(たやすく邪な方向で誤解を招くことが予想される)内容の故に、誰彼かまわず闇雲に教えてまわって良いものではありません。

左右なく法を授れば、身語したたまらず。身語したたまらざれば、返て毒となるなり。法は無相なれば、いで臥せらんなんと云ふ人出来る也と云々。

左右の違いを無視するように(その者の能力をわきまえず)仏法を(無闇に)教え授ければ、(その者の)身体と言葉の行いがととのうことはない。身体と言葉とがととのうことがなければ、むしろ(仏陀の教えが)毒にすらなる。(相手の能力をよく見極めて教えを説かなければ、捉え違いをして)「仏陀の教えは様々に説かれた(ドグマ無き)ものであるから、さあ寝たまま何もせず、ありのままでいようではないか」などと言う者も出てくるであろう。

高信『栂尾明恵上人遺訓(阿留辺畿夜宇和)』
[現代語訳:沙門覺應]

「秘密だ!」とわけも分からず言う輩がある反面、密教をして軽薄に、そして無理矢理に「時代に適合する」・「開かれた」・「やさしく、わかりやすい」布教などと言い、吹聴して周る(おおかた団塊の)者が多いのもまた事実。

画像:嗚呼、浪漫佛教。

実際、非常に多くの「オダイシサマの末徒」と自称する僧職の人々は安直極まりない理解をしており、空海が聞いたら顔面色を失い、気が動転して耶蘇教にでも改宗してしまうような、噴飯ものの「お説法」を 他者にまた堂々と開陳しています。

例えば、よく耳にする手合のは、「あなたとホトケさまとはビョードー、実はあなたはホトケさまなのです!」だの「すべて人の行いは、それが煩悩にまみれていようとも、大日如来のお働きに同じ。そのままで、いいんだよ?」、「あなたのココロにはホトケ様が宿っているのです。だからココロが大事。ああ、どうしたものか、今の人達はそのココロを忘れ、蔑ろにしている。ナゲカワシヤァ」、「ミホトケのオチエとダイヒにつつまれ、我々はおかげ様で生きている。ああ、アリガタヤ、合掌!感謝!!ナムナム~」などなど。

ヒドイのになると、まぁどれも全部ヒドイものですが、「とにもかくにもお大師様におすがりすれば良い。念ずれば花開く。さすればきっと、おダイシサマが見守ってくださる、助けてくださる。同行二人!南無大師遍照金剛ぉ~(数珠をジャリジャリ揉みしだく)」などなど、挙げだしたらキリが無い。

とはいえ稀に、一見そう間違ってもいないように思われる言が放たれることがあります。例として挙げた「ビョードー」云々というのもその類となるでしょう。

しかしながら、その前後の話を聞いていると、どこかで拾い読みしたか誰かから聞きかじったことを、本人が全く理解することもなく、ただ因襲的・雰囲気的・情緒的に語っているだけであって、むしろ端から全て間違っていることがほとんどのように思われます。この「平等」というのは、無自性・空性の理解があって始めて成立するものです。

そのような漫談とすら評し得る「トンデモお説法」を聴くことは、もはや愉快な娯楽とすらなり得るかもしれません。

実際、そのような漫談を至極真面目な顔でもっともらしく語っている中年や初老の僧職らの横で座って聞いているとき、こらえきれずに失笑しそうになった経験は二度や三度ではありません。いや、二、三度は実際に吹き出してジロリと睨まれたこともあります。が、そのような中年・老人たちは何故に吹き出されたかを毛ほども理解出来ないので、こちらは平気なものです。

だいたい彼ら曰く、「これからは仏教の時代」・「このような価値観が多様化した、その故に混迷した今だからこそ密教の時代だ」そうであります。しかし、彼らの話の初・中・後いずこに仏教や密教があるのか皆目見当がつかないところが、この不毛なる漫談のオチでありましょう。

いや、娯楽というなら山岡鉄舟と仏教(禅)を通じて縁のあった天才噺家、三遊亭円朝の落語を読んだほうがずっと良いでしょう。そこでは、まだよっぽど仏教が説かれている。

悲しむべし、憐れむべし。

しかしながらそのような事態は、なにも今に始まったことでもありません。

若し近代の学生の云ふ様なるが実の仏法ならば、諸道の中に悪き者は、仏法にてぞ有ん。

もし近代の学生〈学僧・仏教者〉らの言うようなのが本当の仏教だとしたら、諸々の道〈諸宗教〉の中で悪しきものは、他ならぬ仏教であるのに違いない。

高信『栂尾明恵上人遺訓(阿留辺畿夜宇和)』
[現代語訳:沙門覺應]

けれどもやはり、密教とはただ無闇に「秘密だ、深秘だ」などと隠し立てすれば良いというものでもないのです。

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2.三昧耶と菩提心と

三昧耶戒の戒体

三昧耶戒は、菩提心を発した者で、密教を志す者ならば、すべからく受けたもつべき戒であります。その典拠、そしてその内容については以上に講じたとおりです。

ここではさらに、三昧耶戒の戒体すなわち本質について示します。

空海は以下のように述べています。

今所授三昧耶佛戒者。即是大毘盧遮那自性法身之所説真言曼荼羅教之戒也。若有善男子善女人比丘比丘尼清信男女等欲入此乗修行者先發四種心。一信心。ニ大悲心。三勝義心。四大菩提心。
初信心者。爲欲決定堅固無退失故發此心。〔中略〕
大悲心者。亦名行願心。言外道二乘不起此心。〔中略〕
爲欲簡擇如是諸法教發第三勝義心。亦名深般若心。〔中略〕
四言菩提心者。此有二種。一能求菩提心。二所求菩提心。〔中略〕
諸佛如來以此大悲勝義三摩地爲戒。無時暫忘。何故以此名戒。戒有二種。一毘奈耶此翻調伏。二尸羅翻云清涼寂靜。〔中略〕
是則由大慈悲行願故。自然離十不善心。離十不善等即是調伏戒。由離其惡心故。心中得清涼寂靜。是則尸羅之戒。亦是饒益有情之戒。

 いま授けるところの三昧耶仏戒とは、大毘盧遮那自性法身によって説かれた、真言曼荼羅教(真言密教)の戒である。もし(在家の)善男子・善女人、(出家の)比丘・比丘尼など清らかな信ある男女で、この(真言の)教えに入門して修行しようと欲するならば、先ず四種の心を起こさなければならない。一つには信心。二つには大悲心。三つには勝義心。四つには大菩提心である。
初めに信心というのは、決定堅固にして退くことがないようにと欲することから、この心を起こすのである。〔中略〕
 大悲心とは、またの名を行願心という。外道および二乗の者はこの心を起こすことはない。〔中略〕
 世の様々な思想・宗教を選び抜くことを欲することから、第三の勝義心を起こすのである。またの名を深般若心という。〔中略〕
 四つ目に菩提心としたが、これには二種がある。一つは能求の菩提心、二つには所求の菩提心である。〔中略〕
 諸々の仏陀らは、この大悲と勝義と三摩地〈所求菩提心〉とを戒とせられて、片時も忘れられることがなかったのである。では何故これらが戒といわれるのであろうか。戒には二種ある。一つ目は毘奈耶vinayaで「調伏」と翻訳される。二つ目は尸羅sīlaで「清涼寂静」と訳されるものである。〔中略〕
 すなわち大慈悲の行願によって、おのずから(殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・慳貪・瞋恚・邪見という)十不善の心を離れるのである。十不善などから離れることはすなわち調伏の戒である。そのような悪心から離れたならば、心中は清涼で寂静でなる。すなわち尸羅の戒となる。またこれを饒益有情戒[にょうやくうじょうかい]というのである。

空海『三昧耶戒序』(『定本弘法大師全集』Vol.5, P4
[現代語訳:沙門覺應]

このように空海は、『大日経疏』の所説のとおり、まず三昧耶戒が特に真言密教における戒であることを言います。

(そもそも戒とは何かについて、別項“戒の伝統的定義”を参照のこと。)

同時に、密教を志す者は誰であれ、信心・大悲心・勝義心・大菩提心の四種の心を起こさなければならないとしています。そして、そのうち大悲と勝義と三摩地(大菩提心)とは戒であると述べています。

その典拠は、空海が『釋摩訶衍論』にならんで真言門徒が必ず学ばなければならない最重要の論書と捉え、その学習を必須の義務として弟子らに課していた『金剛頂瑜伽中發阿耨多羅三藐三菩提心論』いわゆる『菩提心論』です。

ところで、それら『菩提心論』と『釋摩訶衍論』とは、いずれも龍猛(龍樹)菩薩によって著されたものと、真言宗において伝説されています。

しかしながら、『菩提心論』はまず龍猛菩薩によって著されたものなどではなく、むしろ訳者とされる不空三蔵によって、支那において著されたようにも思われるものです。それは、現在の文献学者らによってそのように言われだしているというのではなく、日本天台宗などでそのように見る者が古来あります。

事実、たとえばこの書に『大日経疏』のいわば略本である『大日経義釈』からの引用がある点などからして、到底龍猛菩薩が著されたなどと容認できるものではありません。そのような点からも、古来議論がなされているのです。

次に、『釋摩訶衍論』とは『大乗起信論』の注釈書です。摩訶衍[まかえん]とは、サンスクリットmahāyāna[マハーヤーナ]の音写語で、すなわち大乗のこと。故に題目の『釋摩訶衍論』とは、「大乗(起信)論の注釈書」という意味であります。

しかしこれは、支那そして本邦にて古来、偽書・偽撰であると幾度も指摘され続けてきた問題の書であります。たとえば本邦では、奈良後期に稀代の才人であった淡海三船(真人元開)を始め、空海と同時代の最澄によってもまた、まったく偽書であると指弾されています。

確かに、その内容は「全体としては」ほとんどまともに理解不能の、偽書であると断ぜられるのも無理からぬ、忌憚なく言ってしまえばひどく杜撰なものです。むしろ多く理解困難な点があることをもって、この書が深淵であるとか高尚であると謳う者もありますけれども。

しかし、空海が特に主張した「不二」思想などの重要な根拠となるため、(空海は全体としてではなく、むしろ自身の主張を裏付けえる理解可能な箇所のみを利用しているとも言えるのですが、)その著書で引用するところしばしばであります。そしてまた、先に述べたように宗祖たる空海自身が尊重せよと言い遺しているがために、真言宗では古来ことさらに重要視されてきた書です。

閑話休題。さて、空海が その『菩提心論』と『大日経疏』の所説とを斟酌し、三昧耶戒について記したものが先に挙げた『三昧耶戒序』です。

件[くだん]の『菩提心論』では以下のように説かれています。

所以求菩提者。發菩提心。修菩提行。既發如是心已。須知菩提心之行相。其行相者。三門分別。諸佛菩薩。昔在因地。發是心已。勝義。行願。三摩地爲戒。乃至成佛。無時暫忘。唯眞言法中。即身成佛故。是故説三摩地於諸教中。闕而不言。一者行願。二者勝義。三者三摩地

菩提を求める者は、菩提心を発して菩提行を修すのである。すでにそのような(菩提)心を発したならば、須らく菩提心の行相を知らなければならない。その行相とは、三門に分別されるのである。諸仏・諸菩薩は、過去に(菩提を求めて菩提行を修行する)因地にあったとき、この(菩提)心を起こして、勝義・行願・三摩地を戒とされていたのである。以来、成仏に至るまで、時として暫くも忘れられたことは無かった。ただ真言法〈密教〉に依ることによってこそ、即身成仏し得るために、三摩地(すなわち「如実知自身をもって菩提」とする密教の境涯)が説かれたのだ。(仏陀には)諸々の教えがあるといえども(真言法以外には)欠いて説かれないものである。一には行願、二には勝義、三には三摩地である。

『金剛頂瑜伽中發阿耨多羅三藐三菩提心論』(T32, P572c
[現代語訳:沙門覺應]

このように、『菩提心論』は、菩提心を起こした者が戒とし、そして為すべきこと(菩提心の行相)として、行願・勝義・三摩地の三つを挙げています。

しかし、先に示したように、空海は『三昧耶戒序』の中で、行願・勝義・三摩地の三種ではなく、信心・大悲心・勝義心・大菩提心という、それぞれ用語も異なった四種心を挙げています。

何に依って『菩提心論』所説の三種ではなく、そのような四種としたのか。

それは、また他に空海が援用することの多かった、『守護国界主陀羅尼経』にある以下の一文も斟酌したためであろうと目されています。

彼一切皆以信心而爲根本。以深般若而爲先導。大菩提心及大悲心以爲莊嚴。

彼らは皆、信心をもって根本とし、深般若を以って先導とし、大菩提心および大悲心をもって荘厳としたのである。

般若・牟尼室利訳『守護国界主陀羅尼経』巻十(T19.P572a
[現代語訳:沙門覺應]

ところで、空海はしばしば、宗祖として崇められてきたその他の人々もそうしているのと同様に、ただ単に学び伝えられたものを踏襲しただけではなく、諸典籍の思想を斟酌・統合するなどし、新たに展開しています。

ただし、新たに展開しているからといって、たとえば一昔の左巻き仏教学者らは(特に鎌倉仏教の諸派をして)「旧来の思想を打破した新しい」「革新的」「人間的」だなどと褒めそやしていましたが、それを両手を挙げて評価などすることなど出来ません。

ただ独自であるとか革新的だとかいうことは、仏教において全然評価されることではない。

その根拠の妥当性・その思想の合理性・仏教としての正統性の適否は、それぞれ別問題であります。

さて、空海は第一に挙げた「信心」について、『釋摩訶衍論』における以下の一節をそのまま援用して示しています。

信有十種義。云何爲十。一者澄淨義。能令心性清淨明白故。二者決定義。能令心性淳至堅固故。三者歡喜義。能令斷除諸憂惱故。四者無厭義。能令斷除懈怠心故。五者隨喜義。於他勝行發起同心故。六者尊重義。於諸有徳不輕賤故。七者隨順義。隨所見聞不逆違故。八者讃歎義。隨彼勝行至心稱歎故。九者不壞義。在專一心不妄失故。 十者愛樂義。能令成就慈悲心故。是名爲十。

信には十種の意義がある。なにが十であろうか。一つには澄浄という意義、よく心を清淨・明白にするからである。二つには決定という意義、よく心を素直で確固たるものにするからである。三つには歓喜という意義、よく様々な憂い・悩みを除くからである。四つには無厭という意義、よく懈怠の心を除かせるからである。五つには随喜の意義、他者のすぐれた行為に触発され、同調せんとする心を起こすからである。六つには尊重の意義、諸々の徳ある人を軽んじたり卑しんだりしないためである。七つには随順の意義、己が実際に見聞したことに異逆しないためである。八つには讃嘆の意義、他者のすぐれた行為を心から称賛するためである。九つには不壊の意義、心を専一にして忘失することのないためである。十には愛楽の意義、よく慈悲心を成就させるからである。これらが十である。

『釋摩訶衍論』巻一(T32, P597a

三昧耶戒の戒体は菩提心であり、その菩提心は信心を本とされるものです。

それは不空三蔵や空海によって、さらに三つの心に分類して示され、その三つが戒とされていることは、以上述べてきたとおりです。

以上を理解しやすいよう、表にして示しましょう。

三昧耶戒の戒体
- 本質
信心 (菩提に対して)ゆるぐことなく堅固で、退くことが無いようにと願うことから起こす心。『釋摩訶衍論』の所説に基き、信に澄浄・決定・歓喜・無厭・随喜・尊重・随順・讃嘆・不壊・愛楽との十種の義があるという。
菩提心 大悲心
(行願)
生きとし生けるものに、かつて我が子・我が父母・我が王・我が師(の四恩など)でなかった者は無い。その故に、己を後として彼らを助けんとする心(大悲というが、大慈もこれに含意される)。外道・二乗の者は起こすことのない心。
勝義心
(勝義)
世の道徳、諸宗教の異なりやその思想の浅深、功徳の大小、効能の遅速など、その相違を明瞭に知り、その優劣を測る智慧。(空海は自身の「十住心」思想にもとづき、真言密教こそが、それらのうち最上のものとする。)
大菩提心
(三摩地)
菩提心には、能求の菩提心と所求の菩提心との二種がある。
能求の菩提心とは、俗塵の世間を脱して「菩提(覚り)を求める心」。所求の菩提心とは、求められるべき菩提としての、あらゆる生けるものの心相の根源、それは無自性(空性)である。『大日経』に「祕密主云何菩提。謂如實知自心」とあるように、「如実に知るべき自らの心」の真相。十住心の第十秘密荘厳心に該当。
『菩提心論』にいわれる三摩地とは、特にこの境地に住すること。
(空海がこれを大菩提心としたのは、「大」を付すことにより、一般的な意味での菩提心、すなわちここで言う能求の菩提心と峻別したか。その意味では、「大菩提心」とはすべての物事の根源であって、三昧耶戒や一般的な意味での菩提心の本質。)

信とは何か ―仏法の大海は信を以て能入とす

ところで、「信」をもって菩提心の本とする理解、すなわち菩提を求めて仏道を歩むその根本とする思想、それは先に引いた『守護国界主陀羅尼経』や空海に独自のものというのではありません。

例えば、これを学び知ることなしには漢語圏の仏教を語ることなど決して出来ない書の一つといって全く過言でない、空海も大なる影響を受け、その著作で引用することしばしばなる『大般若経』の注釈書『大智度論』では、「信」というものについて以下のように説きます。

佛法大海信爲能入。智爲能度。
如是義者即是信。若人心中有信清淨。是人能入佛法。若無信是人不能入佛法。不信者言是事不如是。是不信相。信者言是事如是。譬如牛皮未柔不可屈折。無信人亦如是。譬如牛皮已柔隨用可作。有信人亦如是。〔中略〕
復次經中説信如手。如人有手入寶山中自在取寶。有信亦如是。入佛法無漏根力覺道禪定寶山中。自在所取。無信如無手。無手人入寶山中。則不能有所取。無信亦如是。入佛法寶山。都無所得。
佛言。若人有信。是人能入我大法海中。能得沙門果不空。剃頭染袈裟。若無信是人不能入我法海中。如枯樹不生華實。不得沙門果。雖剃頭染衣讀種種經能難能答。於佛法中空無所得。以是故。如是義在佛法初。善信相故。

 仏法の大海は信をもって能入とし、智をもって能度となす。
 (経典の初めに言われる)「如是(このように)」というのは、すなわち「信」である。もし人の心中に清らかな信があれば、その人は仏法に入ることが出来るであろう。もし信がなければ、その人は仏法に入ることは出来ない。不信とは、「是事不如是(「このように」とあるけれども、それは嘘だ)」とすることで、それが不信というものである。信とは、「是事如是(「このように」とあるのは、そのとおりであろう)」とすることである。〔中略〕
 また次に、経において「信とは手のようなものである」と説かれる。人に手があるならば、宝の山に入って、思うままに宝を手中に出来るようなものだ。信があることについても同様である。仏法という無漏の五根・五力・七覚支・八正道(などの三十七菩提分)や禅定という宝の山に入り、思うままにそれらを得られる。信が無いというのは、手が無いようなものである。手が無い者は宝の山に入ったとしても、何一つ得ることは出来ない。信が無いというのは、そのようなものだ。仏法という宝の山に入ったとして、何一つ得ることは出来ない。
 仏陀は語られたのである、「もし人に信があれば、この人は我が広大なる法海に入り、きっと(預流・一来・不還・阿羅漢などの)四沙門果を得るであろう。しかし、頭を剃り、袈裟を染めたとしても、もし信がなければ、その者は我が法海に入ることは出来ず、枯れた樹が華や実をつけることがないように、沙門果を得ることは出来ない。頭を剃り、衣を染め、様々な経を読み、するどい質問を投げかけ、またよく答えることが出来たとしても、仏法において虚しいだけで、何も得ることは出来ないであろう」と。このようなことから、「如是」の意義は仏法の最初にあるのである。善く信じているその姿であるから。

龍樹菩薩『大智度論』巻一(T25, P63a
[現代語訳:沙門覺應]

『大智度論』にて言われる信とは、要するに「受け入れる」ことです。

最初からその対象の全てを知り尽くした上でなければ到底信じられない、などというのはナンセンスでありましょう。

そもそも、対象の全てを知り尽くしたならば、それを信じる必要など「まったく無い」。

しかし、端から対象の全てを知り尽くせる者など、誰もいない。

まず何事か、その対象を仮にでも受け入れなければ、なにも始まりません。

むろん、その内容を後に他者によってではなく自らが「検証」することが、仏道における肝要なのであります。

その故に、「佛法大海信爲能入(仏法の大海は信をもって能入とす)」に続く一句において、「智爲能度(智をもって能度とす)」すなわち「智慧によって解脱がもたらされる」とされているのです。その智慧とは、誰か他者・他人の「オチエ」によるというのではなく、自ら法を検証し、証していくたゆまぬ努力によって磨かれていくものです。

けれども、物事には順序というものがあって、その第一はやはり、まず「受け入れること」でありましょう。

さて実は、この『大智度論』のくだりは『大日経疏』においてまさしく引用されており、ついには「菩提心は白浄信心の意である」と表明されています。すなわち、空海が菩提心の核が信であると述べていることは、ただしく『大日経疏』の所説に基づいたものです。

また、空海が引用した『釋摩訶衍論』は、信の義であるとして様々に敷衍していますが、最初に挙げられる「澄浄」というのは、まさしく仏教通じての信というものに対する理解です。

例えば、大乗を学ぶ者でもその学習が必須である『阿毘達磨倶舎論』において、信という「心の働き」は、以下のように定義されます。

此中信者。令心澄淨。有説。於諦實業果中現前忍許故名爲信。

その中で、信śraddhāとは「心を澄み渡らせるもの」である。(説一切有部の)ある者らは、「四聖諦・三宝・業とその果報とを、まさしく明白なものとして受け入れること〈abhisaṃpratyayaを信という」と説く。

世親菩薩『阿毘達磨倶舎論』巻四 分別根品第二之二(T29, P19b
[現代語訳:沙門覺應]

信の、仏教におけるそもそもの定義は、「心を澄み渡らせる心所(心の働き)」です。これを漢語では信澄浄[しんちょうじょう]などと言います。

すなわち信とは、そもそも誰人にも備わる「心の働き」の一つであります。

故にそれは、特に宗教などというものに興味も信仰を持っていなくとも、誰であれ当たり前に持っているものです。いや、これはわざわざ言うまでもないことでしょうけれども。

(仏教が分析した心の働きについては、別項“仏教における心の分析(説一切有部の心所説)”もしくは“仏教における心の分析(分別説部の心所説)”を参照のこと。)

しかし、ときに世間には、「私はいかなるものも信じてはいない」などと宣う人がありますが、笑止千万。その言の自己撞着していることを知らねばならないでしょう。

もっとも、そもそも釈迦牟尼は、その成道された直後のいわゆる「梵天勧請」の場面において、そのような意味での信仰というものを「捨てよ」と言われています。

apārutā tesaṃ amatassa dvārā,
ye sotavanto pamuñcantu saddhaṃ.
vihiṃsasaññī paguṇaṃ na bhāsiṃ,
dhammaṃ paṇītaṃ manujesu brahme.

耳ある者らに不死〈甘露〉の門は開かれた、
その信を解き放て!〈旧来の信仰を捨てよ!〉
梵天よ、私は(むしろ)害となるかと想って、
微妙なる法を人々に説かなかったのだ。

SN. Sagāthāvagga, Brahmāyācanasutta. (6.1)
[日本語訳:沙門 覺應]

あるいはまた、仏陀の説法に触れ「ついに真実の法を自ら悟り、また他に説ける覚者に出会えた」と帰依した、高名な修道者であったという老バラモンたるバーヴァリ(Bāvari)とその弟子ピンギヤ(Piṅgiya)らに対し、仏陀はこのように明言されています。

yathā ahū vakkali muttasaddho, bhadrāvudho āḷavi gotamo ca.
evameva tvampi pamuñcassu saddhaṃ,
gamissasi tvaṃ piṅgiya maccudheyyassa pāraṃ.

ヴァッカリやバドラーヴダ、そしてアーラヴィ・ゴータマがその信仰を放棄したように、汝もそのようにまた信を解き放て〈旧来の信仰を捨てよ!〉
ピンギヤよ、汝は死の領域の向こう側〈涅槃〉へと赴くであろう。

KN. Suttanipāta, Pārāyanavagga, 1152. (5.73)
[日本語訳:沙門 覺應]

仏陀ご自身によって、説法を開始することを決意されたその最初に「解き放て(pamuñcantu)」と言われた信(saddha)。「ヴァッカリやバドラーヴダ、そしてアーラヴィ・ゴータマらが持っていたような」既存の信仰・思想によって解脱を求めていた者らへ、「放棄せよ」と言われた信仰。

しかし、それがむしろ今の日本で巷間行われ、信心深い・篤信などと評されさえする「ホトケ様をナムナム言って伏し拝む」だとか「ただただホトケ様を信じて」「手と手を合わせて幸せ~」だとかいう類の信であることは、まったく皮肉な話でありましょう。

ただし、上の一説を根拠とし、「仏陀は、仏教は、その最初期には信仰などというものを説かなかった」「信仰を捨てていた」「信なるものを否定し、棄てさせていた」などと、やたらに強調する人々があります。だいたい仏教徒というよりも「仏教学信者」と言える人々ですけれども。

確かに、見方によればそのような一面も認められるでしょう。

けれども、それは結局、そのような人々の「信仰なるものを認めない己の信仰」の故に、「人は、自分の見たいものだけを、見たいようにしか見ない」を地で行って、それを殊更に取り沙汰して固執し、特段に主張しているだけのことでしょう。

仏陀ご自身は、信というものに関して、以下のようにも説かれているのです。

pamattabandhu pāpima, yenatthena idhāgato.
aṇumattopi puññena, attho mayhaṃ na vijjati.
yesañca attho puññena, te māro vattumarahati.
atthi saddhā tapo vīriyaṃ, paññā ca mama vijjati.
evaṃ maṃ pahitattampi, kiṃ jīvamanupucchasi.

怠惰なる輩よ、悪しき者よ、(汝は)なんであれ目的のためにここに来た。
(しかし)私は、(俗世間の)功徳を求める必要を微塵も見出さない。
汝〈悪魔〉は、(そのような)功徳を求める人々にこそ語れ。
私には信saddhaがあり、苦行tapoがあり、努力vīriyaがあり、そして智慧paññaがある。
このように専念している私に、どうして汝は(私の)生命を(永らえることを)尋ねるのか。

KN. Suttanipāta, Mahāvagga, Padhānasutta. 432-434 (5.28)
[日本語訳:沙門 覺應]

これは修禅中の仏陀釈尊の前に現れた悪魔ナムチ(Namuci)の、痩せて不健康に見える釈尊に対し、努力や修禅を止めて延命し、ヴェーダを学習して護摩など火に仕えることによって俗世間の功徳を積めば良いという誘惑に対し、決然として応えられている中の一節です。

さて、あるいはまた、たとえばマルクス主義や毛沢東主義などを是とし、傾倒している人が、資本主義はもとよりいわゆる宗教一般(信仰なるもの)を否定して喧々諤々言っていたとしても、傍から見るとマルちゃんや毛坊を、まるっきり「ぴゅあ」(あえてひらがなで書きました)に信仰しているようにしか思えず、かなりアレな感じであるのは、そのためでありましょう。

信じることは、その対象がなんであれ、確かに人を「ぴゅあ」にさせるものです。そう、仏教の定義はまさしく正しいものであります。さりとて、「ぴゅあ」になることが必ずしも良いことではないのは、その例を挙げるまでもないでしょうか。

仏教もただ「信じりゃいいさ」などとは決して言わない。

故に、何を信じるのか、ということが大変重要となるわけで。

仏教では、そのように理解した上で、世親菩薩も「有説(一説には)」ということで紹介していますが、信は「四聖諦・三宝・業と果報(縁起)とに対する信受」であると特定して言われもします。そのような定義は、南方の分別説部にても同様にされています。

そう、仏教における信、それは「ホトケサマにひれ伏し、ナムナム拝んで、アリガタイという」と言ったものではありません。その対象はまず第一に、四聖諦(四つの聖なる真理)であり、次に仏・法・僧の三宝、そして業とその果縁(縁起)に対するもの、というのが基本的な定義です。

すなわち、それは必ずしも「拝む対象」に対するものなどではない。

いや、拝もうと思えばなんであれ、鰯の頭であっても拝めてしまうのでしょうけれども。

けれども、人々と神々の師たる仏陀釈尊は、釈尊を慕って遠路はるばる我が身を拝しにきた若き人、ヴァッカリという名の弟子に、むしろ以下のように言われています。

Alaṃ, vakkali, kiṃ te iminā pūtikāyena diṭṭhena. Yo kho, vakkali, dhammaṃ passati so maṃ passati; yo maṃ passati so dhammaṃ passati.

(仏陀は言われた、)「ヴァッカリよ、この汚れて悪臭を放つ(我が身体)を見ることが何であろうか?ヴァッカリよ、法を見る者は、私を見る。私を見る者は、法を見る」

SN. Khandhavagga, Vakkali sutta. (22.87)
[日本語訳:沙門 覺應]

ここにいう法(Dhamma)とは何を意味するものでしょうか。

サンスクリットDharmaあるいはパーリ語Dhammaの訳語としての法とは、実に多義にわたる言葉であります。しかし、ここでの法はまさしく真理の意。それはすなわち、四聖諦であり縁起法、ひいては八正道や四念住をふくむ三十七菩提分法でありましょう。

(四念住については、別項“自灯明法灯明とは ―四念住(四念処)”を参照のこと。)

若干、本題から逸れた感がありますが、やはり確かに理解するにはこの程度までは知っていたほうが良いであろうため、敢えてここに示しました。

(仏陀釈尊が説かれた、「いわゆる信仰というもの」ひいては思想一般に対する態度については、別項“Kesamuttisutta (Kālāma sutta) ―カーラーマへの教え”を参照のこと。)

菩提心とは何か

そもそも菩提心とは、大乗の諸派問わず大変に重要視される菩提心とは、一体どのようなものなのか。

菩提心とは、サンスクリットbodhicitta[ボーディチッタ]に対する漢訳語です。

「目覚め」を意味する語bodhiはそのまま音写されて菩提とされ、cittaは心と漢訳されて、菩提心という語を形作っています。あるいは双方漢訳された、覚心という言葉も用いられることがあります。

あるいは菩提心とは、単なる菩提(bodhi)ではなく、無上正等覚(この上ない正しい覚り)すなわち「諸仏に等しい完全な覚り」を意味する、阿耨多羅三藐三菩提(anuttarāsamyaksaṃbodhi)と心(citta)が合した、阿耨多羅三藐三菩提心(anuttarāsamyaksaṃbodhicitta[アヌッタラーサムヤクサンボーディチッタ])の略です。

一般に菩提心とは、「(この上なく正しい)覚りを求める意志」の意として用いられます。「仏陀に等しい菩提」を求めるというのですから、基本的に阿羅漢果を目指す声聞乗においては言われることのない言葉です。

しかし、阿含経において、菩提心について説かれているのがただ一箇所だけなのですが、以下のように説かれています。

有五根。何等爲五。謂信根・精進根・念根・定根・慧根。何等爲信根。若聖弟子。於如來。發菩提心。所得淨信心。是名信根。何等爲精進根。於如來。發菩提心。所起精進方便。是名精進根。何等爲念根。於如來。初發菩提心。所起念。是名念根。何等爲定根。於如來。初發菩提心所起三昧。是名定根。何等爲慧根。於如來。初發菩提心所起智慧。是名慧根。

五根がある。何が五であろうか。いわゆる信根・精進根・念根・定根・慧根である。何が信根であろうか。もし聖弟子が如来のもと菩提心を発し、浄らかな信心を得たならば、これを信根というのである。何が精進根であろうか。如来のもと菩提心を発し、精進方便が生じたならば、これを精進根というのである。何が念根であろうか。如来のもと初めて菩提心を発し、念が生じたならば、これを念根というのである。何が定根であろうか。如来のもと初めて菩提心を発し、三昧が生じたならば、これを定根というのである。何が慧根であろうか。如来のもと初めて菩提心を発し、智慧が生じたならば、これを慧根というのである。

求那跋陀羅訳『雑阿含経』巻廿六[No.659](T2, P184a
[現代語訳:沙門覺應]

この経にいわれる五根とは、三十七菩提分のうちのそれで、それが発菩提心を軸として説かれています。菩提心を起こしたからこそ、菩提分すなわち菩提の内容である五根が生じると説かれています。

とは言え、ここに「菩提心とは何か」など詳しく説かれていません。

また、パーリ三蔵に対応する経典が無く、また『雑阿含経』の梵本も伝わっていないため、ここにいう「菩提心」の原語が何かも不明です。そもそも、パーリ三蔵には菩提心(bodhicitta)という語は、一語としてありません。

ともあれ、菩提心とは、先に述べたように特に大乗において強調され、非常に重要視されるものです。大乗の修道において「菩提心無しに大乗などありえない」と言えるほどに、全く不可欠のものであります。

(ただし日本には鎌倉時代、それを行った浄土教祖、法然という者があります。菩提心を否定しているとしか思えぬ「法然が創始した浄土教」に対し、同時代の法相宗の貞慶上人、ならびに特に華厳宗の明恵上人などは、それは激烈なる批判を加えられています。)

菩提心というものがそれほど重要なものであるが故に、また私自身が浅学不肖であるために、それをここで言い尽すことなど到底出来ません。

そこで、ここではただ、日本における三昧耶戒に関連する、密教関連の典籍のごく幾つかの一節と、空海がその自著において言及している一節とを徴することのみによって、それでは大いに舌足らずなものとはなりますが、菩提心について概説します。

まずは『大日経』の一説を示します。

世尊如是智慧。以何爲因。云何爲根。云何究竟。《中略》 佛言菩提心爲因。悲爲根本。方便爲究竟。祕密主云何菩提。謂如實知自心。祕密主是阿耨多羅三藐三菩提。乃至彼法。少分無有可得。何以故。虚空相是菩提無知解者。亦無開曉。何以故。菩提無相故。祕密主諸法無相。謂虚空相。 爾時金剛手復白佛言。世尊誰尋求一切智。誰爲菩提。成正覺者。誰發起彼一切智智。 佛言祕密主。自心尋求菩提及一切智。何以故本性清淨故。心不在内不在外。及兩中間心不可得。《中略》 祕密主心不住眼界。不住耳鼻舌身意界。非見非顯現。何以故。虚空相心。離諸分別無分別。所以者何。性同虚空即同於心。性同於心即同菩提。如是祕密主。心虚空界菩提三種無二。此等悲爲根本。方便波羅蜜滿足。

 (金剛手秘密主は問われた。)「世尊よ、そのような智慧〈一切智智〉は、何が因であり、何を根とし、何を究竟とするのでしょうか」《中略》
 仏陀〈大日如来〉は説かれた、「菩提心を因とし、悲を根本とし、方便を究竟とする。秘密主よ、菩提とは何かといえば、いわゆる『如実知自心〈自心の真相を知ること〉』である。秘密主よ、この阿耨多羅三藐三菩提〈この上なく正しい覚り〉とは、微塵も『得られるもの』ではない。なんとなれば、菩提とは虚空のようなものであって、知解出来る者は無く、また開明されることも無い。なんとなれば、菩提は無相〈無自性〉であるから。秘密主よ、諸法もまた無相であって、それは虚空のようなものである」と。
 その時、金剛手はまた仏陀に申し上げた、「世尊よ、では何に一切智を尋ね求めたらよいのでしょうか。何をもって菩提として、何が正覚を成ずるのでしょうか。何が一切智智を発起するというのでしょうか」と。
 仏陀は説かれた、「自心に菩提および一切智とを尋ね求めるべきである。なんとなれば、(心は)本性清淨であるから。心は内にあらず、外にもあらず。および内外の中間にも、心を得ることは出来ない。《中略》
 秘密主よ、心は眼界になく、耳・鼻・舌・身・意界にもない。見えるものではなく、現れるものでもないのだ。なんとなれば、心は虚空のようなものであって、諸々の分別・無分別から離れているから。その故は何かと言えば、その本性が虚空と同様であれば、それは心と同じであり、その本性が心と同様であれば、それは菩提と同じであるから。そのように、秘密主よ、心と虚空界と菩提との三種は、別々のものでないのだ。そ(の真理)は、悲を根本とし、方便波羅蜜を満足するものである」と。

『大毘盧遮那成仏神変加持経』巻一 入真言門住心品第一(T18, P1b-c
[現代語訳:沙門覺應]

この「菩提心を因とし、悲を根本とし、方便を究竟とする」という一節は、伝統的に「三句の法門」といわれます。『大日経』における、もっとも有名な一節でありましょう。一切智智を得る、その因となるものとして、菩提心がまず挙げられるのです。

そして、その求められるべきものとしての菩提とは、「如実知自心(自らの心の真相を知ること)」である。が、それは畢竟「得られるモノ」などでは微塵もない。それは虚空に等しいもの、すなわち無相(姿形もなく、不変の実体など全く認められないもの)である、と説かれます。

ここに言われる虚空とは、文字通りの「お空」などではなく、無自性・空性(無自性空)の暗喩です。

そのようなことから、ついには「心=虚空=菩提」の三種が無二である、すなわち「心とは無自性空なるものであって、それを底から知ることが菩提である」説かれます。

この菩提心とは、「空なる心の真相(空性)」であります。

それはひいては、「すべての存在の実相が無自性空である」ことを示すものに他なりません。

さて、この三句の法門からの一連の教説を、善無畏三蔵は『大日経疏』において、以下のように釈されています。そのすべてをここに紹介することは長きに過ぎるので、少々乱暴となりますが、その要点をのみかいつまんで示し、現代語訳はなるべく噛み砕いたものとしておきます。

故菩提心。即是白淨信心義也。《中略》 又淨菩提心者。猶如眞金。本性明潔離諸過患。大悲如習學工巧。以諸藥物種種練冶。乃至鏡徹柔軟屈申自在。方便如巧藝成就。有所造作隨意皆成。規製中權出過衆伎故。其得意之妙難以授人也。《中略》 若一切智智。即是菩提心者。此中誰爲能求誰爲所求。誰爲可覺誰爲覺者。又復離心之外都無一法。誰能發起此心。令至妙果者。若法無有因縁。而得成者。一切衆生。亦應不假方便自然成佛。故佛答言祕密主自心尋求菩提及一切智。何以故。本性清淨故。雖衆生自心實相。即是菩提。有佛無佛常自嚴淨。然不如實自知。故即是無明。無明所顛倒取相故。生愛等諸煩惱。因煩惱故。起種種業入種種道。獲種種身受種種苦樂。如蠶出絲無所因。自從已出而自纒裹。受燒煮苦。譬如人間淨水。隨天鬼之心。或以爲寶或以爲火。自心自見苦樂。由之當知離心之外。無有法也。若瑜伽行人。正觀三法實相。即是見心實相。心實相者。即是無相菩提。亦名一切智智。

 菩提心とは、「白く浄らかな信心」を意味するものである。《中略》
 浄菩提心とは、たとえば純金のようなものであって、本質は混じり気がなく諸々の汚れ無きものである。大悲とは、(金を)色々な薬品を使って様々に冶金して美しく柔軟なものとし、形を自在にする金工を修練するようなものである。方便とは、金工芸の達人となって、造らんとする物を思うがままに造るようなものである。その製品の出来たるや、あらゆる芸に勝るものであるが、その技術の妙は、他者に容易く授け得るものではない。《中略》
 もし一切智智がすなわち菩提心であるというならば、その中で何が「能求〈求める主体〉」であり、何が「所求〈求められる対象〉」であり、何が「可覚〈覚られるべきもの〉」であり、何が「覚者〈覚る者〉」なのであろうか。また、心を離れては、他に一法もないというのならば、誰がこの(菩提)心を発起し、(仏陀の)妙果に至る者であろうか。もし、真理として、なんらの原因と条件なく(菩提を)成就するというのであれば、生ける者すべては、なんら方便に依ることなく自然に成仏することであろう。(しかし、そんなことは現実に無いのである。)
 そのようなことから、仏陀は(問いに)答えられて、「秘密主よ、自心に菩提および一切智とを尋ね求めるべきである。なんとなれば、(心は)本性清淨であるから」とお説きになったのである。
 生ける者の自心の実相は、すなわち菩提である。それは、仏陀が現れた世界であろうが、現れていない世界であろうが、常におのずから厳然たるものである。けれども、それは「如実知自」されないがために、無明となる。無明とは、物事をサカサマに歪んで捉えるものであるために、愛など諸々の煩悩が生じる。煩悩によって様々な行為をなすために、六道いずれかの境涯において、様々な生を受け、そこで多くの苦楽を受けるのである。
 それはあたかも、蚕が、外的要因からでなく自ら糸を出し、自らまとって繭となり、むしろそれが元で(人に絹糸を採るために)煮られて苦しむようなものである。
 喩えば、人にとっては浄水であるものが、天や餓鬼らはその心にしたがって、あるいは(天は)宝であると見、あるいは(餓鬼は)火であると見るなど、自らの心に依ってその苦・楽を見いだすようなものである。この(一水四見の)喩えによって知るべきである、心を離れてモノは一つとしてありはしないことを。
 もしヨーガ行者が、正しく(煩悩と行為と苦との)三法の実相を観じたならば、それは心の実相を見るのである。心の実相とは、すなわち無相なる菩提である。これをまた、一切智智と言うのである。

善無畏説 ・一行記『大毘盧遮那成佛経疏』巻一(T39, P587a-b
[現代語訳:沙門覺應]

善無畏三蔵は、「三句の法門」で示された菩提心と大悲と方便との関係性を、金と冶金と金工芸とに直喩し、説明されています。

続いて菩提心について註されている一節は、先に挙げた空海の『三昧耶戒序』において、四種心の一つとして挙げられている大菩提心の根拠となっている箇所です。空海が、能求や所求などという言葉自体もここから継ぎ、示していることが了解されるでしょう。

(ただし、空海は所求の菩提心をもって「無尽荘厳金剛界身」などと言い、大悲胎蔵生を説くこの『大日経』と『金剛頂経』系の金剛界とを合して理解してもいます。)

さて、あるいはまた、これは先に三昧耶戒の項でも挙げたなかにある一節ですが、不空三蔵によって訳されたとされる『受菩提心戒儀』においても、菩提心について簡潔に偈によって示されています。

今所發覺心 遠離諸性相
蘊界及處等 能取所取執
諸法悉無我 平等如虚空
自心本不生 空性圓寂故

いま起こしたところの覚心〈菩提心〉は、諸々の性・相、
五蘊・十八界および十二処など、能取・所取の執着から遠離する。
諸法は悉く無我であり、平等にして虚空のようなものである。
自心は本不生にして、空性・円寂なるが故に。

不空訳『受菩提心戒儀』(T18. P941a
[現代語訳:沙門覺應]

このような『大日経』ならびに『大日経疏』等々の経論における所説を正確に受け、空海は菩提心について、以下のように表現しています。

所謂菩提心者。即是諸佛清淨法身。亦是衆生染淨心。尋逐根源本無生滅。十方求之終不可得。離言説相離名字相離心縁相。妄心流轉即名衆生染汚之身。開發照悟即名諸佛清淨法身。

いわゆる菩提心とは、すなわち諸仏の清淨法身であり、また衆生の染淨心である。その根源を探し尋ねたとしても本より生滅するものでなく、十方にその根源を探し求めたとしても、結局見つけ出すことなど出来はしない。言語表現を離れ、文字表現を離れ、認識しえる形象を離れているのである。(菩提心の真相に対して)妄心流転していることをすなわち「衆生の染汚なる身」であると名づけ、開発照悟していることをすなわち「諸仏の清淨法身」と名づけるのである。

空海『秘密三昧耶佛戒儀』(『定本弘法大師全集』Vol.5, P165-166
[現代語訳:沙門覺應]

この空海による菩提心についての所言は、ただこれのみを読んだだけの者にば、いわば「なんのこっちゃわからん」と思われるものでしょう。もし、これだけ読んでその意味が正確に解ったというのであれば、逆にちょっとどうかしている。

あるいは大師教信徒であったならば、わからないながらも、その脳内お花畑を咲かす種になってしまうかもしれない言葉でもあるでしょうか。その場合、この空海の言葉に関連した、いわゆる「煩悩即菩提」についてのご都合主義的、浪漫的解釈の華が咲き乱れることになるでしょう。

さて、真言密教の嗣法たる空海を、日本における根本の大阿闍梨として奉ずる朋輩ならば、空海がいったい何をもってそのように言われたか、その言の背景にある経説がどのようなものであるか、そもそも仏教としてどうであるのかを真摯に学び、知らねばなりますまい。

それを無視して、ただ因習的・盲目的に「ナムナム」言って伏し拝み、実は経論の一節を引用あるいは簡便に説いているに過ぎないものを、「お大師様の素晴らしいおコトバ」などと言い、訳もわからぬままにそれを我田引水・牽強付会して軽々浅薄な意に用いること。

それはむしろ空海、ひいては仏教そして密教を貶めているものとしか、極悪にして無知なる我が身を差し置いていうのも憚られますが、私には思えてなりません。

それ仏法遥かにあらず。心中にして即ち近し

たとえば、今まで示し述べてきたことにも大いに関する空海の言葉に、以下の様なものがあります。

夫佛法非遥心中即近。眞如非外。棄身何求。迷悟在我。則發心即到。明暗非他。則信修忽證。

それ仏法遥かにあらず、心中にして即ち近し。真如外にあらず、身を棄てて何[いづく]にか求めん。迷悟、我に在り。則ち発心すれば即ち到る。明暗、他にあらず。則ち信修すれば忽ちに証す。

そもそも仏陀の説かれた真理とは、遥か彼方にあるものではなく、我が心の中という、すぐ近くに存するものである。真如とは外にあるものではない、自分以外のいったい何処に、それを求めようというのか。迷いも悟りも我(が心中)にあるのであるから、菩提心を発すればたちまち(仏果に)至るのだ。(真理に対して)明るい・昏いということは他者の事柄でない(自身の問題である)のだから、(自ら仏法を)信じて修行したならば、たちまちに(菩提を)証するであろう。

空海『般若心経秘鍵』(『定本弘法大師全集』Vol.3, P3
[訓読文・現代語訳:沙門覺應]

このうち、訓読して「それ仏法遥かにあらず、心中にして即ち近し」という始めの一説は、実に多くの大師ファン・大師教徒らが愛好している有名なものです。

「それ仏法遥かにあらず、心中にして即ち近し」とは、人によってはなにやら語呂がよくてシビれる、カッコイー言葉に聞こえもするでしょう、その意図するところはまるでわからなくとも。

そもそも、空海の当時は日本人であっても、漢文によって、支那的文辞でもって物事を表現することが当たり前であった、そうしなければならなかった時代です。

いや、釈尊と同時代に活躍した、支那の聖人として崇められたる孔子は、一応このような言葉を遺しています。

子曰く、辞は達するのみ。

孔子は言われた、「言葉など、その意味が通じれば良いだけのことである」と。

『論語』衛霊公第十五
[現代語訳:沙門覺應]

けれども、人というのものはなかなかそういかない。

内容が敬すべきもの、尊重すべきものだと思えば思うほど、それへの敬意・信仰などから、その言葉を荘厳しようと修辞を重ねていってしまうことがある。

それは必ずしも悪いことではありません。そのようにする必要があることもあるでしょう。たとえば、表現する対象に応じて言葉遣い、修辞を変えることは、今も一般に常識として行われていることです。

(場合によっては、底からの敬意などからでなく、恣意的に権威付けて利用せんとする時にも、そのようなことはされてきたでしょう。)

しかし、いくら孔子が「辞達而巳」と言っていたとしても、その昔の支那人は性情としてそもそも「文辞を好む」ということがあった。要するに、彼らは「もってまわった仰々しい言い方が大好き」であった。

たとえば、唐代まで非常に流行し、空海もそれに倣って用いていた駢儷体[べんれいたい]による支那的文辞は、文学的に格式高く、美しいものです。故にその聞こえがカッコイーとなるのも無理はない。

実際また同時に、孔子はその子たる伯魚に次のようにも言っています。

詩を学ばざれば、以て言うことなし。

詩を学ばなければ、物事を十分に表現することはできない。

『論語』季子第十六
[現代語訳:沙門覺應]

詩を学ぶこと、文学的素養を身につけること。それは確かに必要なことでありましょう。詩情を解し、また詩情によって物事を表現すること。それは社会的にも非常に大切なこと、文化的教養の一つでもありましょう。

たとえば明恵上人もまた、それは仏教徒としてなすべきでないこととしながらも、和歌を読むことを非常に好まれ、そして詩情を解せぬ人間に仏教を解することは出来ないだろう、などといった趣旨の言葉まで遺されています。

事実、サンスクリットやパーリ語・漢訳経典などを問わず、仏典には多く詩偈によって多くの教えが伝えられてきました。

しかしながら、そのような詩的・装飾的修辞はともすると虚飾に過ぎず、その意図が大仰に理解されてしまったり、理解し難いものとなり得るものです。それが漢文であればなおさらのこと。

平易な言葉に言い換えてみたならば実は大したことを言っていない、むしろ「ちょっとどうなんだこれ」などということが結構あるのです、漢文というものには。漢文を用いることには、逆にそのような(大仰・大袈裟・抽象的に見せることによる)利点もあるのですけれども。

(関連する項目に別項“Patthanā[願文]”がある。参照せよ。)

インドにおいても、たとえば仏教詩人としても名高いAśvaghoṣa[アシヴァゴーシャ](馬鳴)による、Buddhacarita[ブッダチャリタ](その漢訳が『仏所行讃』)やSaundarānanda[サウンダラーナンダ](端正なるナンダ・未訳)など、正規のサンスクリットでしかもKāvya[カーヴィア]と言われる非常に美しい修辞法によって綴られた、いわば文学的価値高いものが今に伝わっています。

日本では、鎌倉期以降となると、仮名法語など、虚飾的修辞を廃した日本的直截で平易な表現を用いる大徳らが次第に現れてきます。が、それでもその他の多くは、いわば「漢文至上主義」を取り続けていました。鎌倉期に芽吹いた禅宗など、一部にすぐれた仮名法語を遺された禅師もありはしますが、その多くは次第に禅僧の皮を被った儒者の如きものとなっていきます。

が、仏典においていくら文学的表現が多用されていても、もとより純文学などではありません。

やはりその意図をこそ問題にしなければならない。

けれども、この言葉を引用する人それぞれが様々なる解釈を施して他に開陳していますが、おおよそ浪漫仏教的で、やはり脳内お花畑満開となっているようです。

では、そのような「脳内お花畑のお花」とは一体どんな花でしょうか。

それを仏教では、「空華[くうげ]」と言います。

画像:「ほ~ら、電波のお花だよぉ?」

満開となれば見せたくなるのは、桜だけではありますまい。それが人情、いや、日本人の言う自然というものでしょうか。

しかしながら、上に引いたような『大日経』ならびに『大日経疏』の所説を知り、理解していたならば、この一節を空海が何に基づいて言い、何を意図して言ったかを知ることが出来るでしょう。もし、阿含から阿毘達磨、そして般若・涅槃・華厳ひいては唯識、特には中観の諸論(『中論』等)を学んでいたならば、その意を正確に汲み得るに違いない。

またそれによって、しばしば『大日経疏』では否定的に表現された(?)、無自性空であるとか自性清浄心であるとか本不生際だとかいう言葉を、その是非はおくとしても、空海が肯定的に表現していることも知られるでしょう。

とはいえ、それもただ闇雲になんでも知れば良いというわけでも、文献学者のように厳密にあれこれ言い得れば良いというのでもありません。

空海は、誠実な博覧強記の人、最澄からの『理趣経』の注釈書を貸してほしいとの要望に対し、丁寧な言辞を尽くして断りの手紙をしたためつつ、わざわざこのような言を発しています。

阿難多聞不足為是

尊者アーナンダは(仏陀の教えを直接聞き、最も多く知っていた)「多聞」第一であったけれども、それによって覚ったということは無かったのだ。

『遍照発揮性霊集』巻十 「答叡山澄法師求理趣釈経書」
(『定本 弘法大師全集』Vol.8, P205)
[現代語訳:沙門覺應]

そしてまた、「日本の小釈迦」とまで山岡鉄舟に讃えられた慈雲尊者も、まったく上と同様の言を遺されています。

それは、尊者がまだ弱冠を迎える頃の若き日、ただ遮二無二仏典を学んでいた尊者自身が、やはり尊者アーナンダが釈尊滅後三ヶ月に到るまで阿羅漢果を得ることが出来なかったという、仏典に記された伝承(『四分律』)から大いに気づくところがあり、痛切に反省され吐露されたものであったといいます。

多聞は生死を度せず、佛意と懸かに隔れり。

(仏陀の法門を多く知り、記憶している)「多聞」によって生死輪廻の苦しみから逃れることは出来ない。それは仏陀の志とまったく隔たったものである。

慈雲尊者飲光(典拠失念)
[現代語訳:沙門覺應]

用心、用心、仏徒すべからく心すべきことでありましょう。

初期の禅宗における祖師たち、たとえば臨済禅師も若き頃は遮二無二、経論の説を学び、戒律を遵守していたといいます。いきなり「不立文字」などと言ったのではない。それは、そのような真摯な求道の経緯を経て、しかしどうにも至らぬ我が身心を省みたときこそ、意味の生じる言葉でもありましょう。

はじめから「不立文字」だのとうぶいて禅風を吹かす者は猿真似も甚だしい。

へそが茶を沸かしちゃう。

とは云うものの、やはり知らなければならないこと、学ばなければならないことは、密教を志す者であるならばなおさら、決して少なくはありません。故に、密教が自らの機根に相応しないと気づいたならば、早々にやめておいたほうが吉というもの。関わらないのが無難というものです。

多くの意味をここに含めますが、「知る」ということは「取り返しがつかない」ということでもあるから。

人生、知らなくていいことは知らないほうが、まったく「幸せ」であります。

仏教を、ただ知的好奇心を満たすだけに知ろうというのであればそれも良いでしょう。

けれども、そうではないという人ならば、「生死一大事を如何せん」と仏教を知らんという者であれば、ただ闇雲にあちこち手をつけまくることは決して上策でなく、むしろ下中の下策というもの。何の解決策にもなりはしないでしょう。

鎌倉中期の日本において、厳しく持戒した上で真言密教を実践し、「今釈迦」「菩薩」とさえ讃えられ、身分の尊卑を問わず世人の信仰を集めて、当時日本最大の教団を擁するまでに至っていた、興正菩薩叡尊律師があります。その教誡として遺されたものに、そのような「仏教をいかに学ぶべきか」という問題に触れている、以下の言葉があります。

一、学問可韻事
或時ノ御教訓云、学問スルハ心ヲナヲサム為ナリ。当世ノ人ハ物ヲヨク読付ムトノミシテ心ヲナヲサムト思ヘルハナシ。学問ト申ハ、先其ノ義ノ趣ヲ心得テ常ニ我心ヲ聖教ノ如クナリヤ否ト知ナリ。我心ヲ聖教ノ鏡ニアテ見ルニ、教ニ背クトコロヲバ止メ、自ラアタルヲバ弥ハゲマシ、道ニスヽムヲ学問トハ申ナリ。只暫ク文字ヲバイツモ読付ラレヨ。先イソギ各心ヲ直サルベシ。心ヲ直サヌ学問シテ何ノ詮カアル。イカニ聖教ヲ習トイヘドモ、菩提心ナキ人ハ冥加ナキ也。只ヨロヅヲ差置テ菩提心ヲ発テ、其上ニ修行スベシ。足手ヲ不安修行スルヲバ所依ト名ク。心ヲ直スヲモテ修行ノ源トスベシト云々

一、学問をするには、その韻〈本質〉を得なければならない事
ある時のご教訓で仰せになった。「(仏教について)学問をするのは、心を直すためである。最近の人は、モノをよく読みつけて知ろうとするばかりで、心を直そうと思う者が無い。学問というものは、まずその教えの意図を理解して、常に自分の心が聖教[しょうぎょう](に説かれる)通りであるか否かを、知るものである。自分の心を聖教という鏡に映しだし、教えに背くようなところは止め、自ずと沿っているところはますます励まして、道を進んでいくことを学問と云うのである。ただ暫くでも(仏典の)文字をいつも読みなさい。(そして)先ずは急いでそれぞれの心を直さなければならない。心を直さぬ学問などして、どのような意味があるというのか。どれだけ聖教を習ったといえども、菩提心の無い人には冥加はない。ただ万事を差し置いて菩提心を発して、その上で修行しなければならない。足手を休めずに修行することを所依[しょえ]と言うのである。心を直すことをもって、修行の源(核心)とすべきである」と。

『和上御教誡等打聞撰集(興正菩薩御教誡聴聞集)』
[現代語訳:沙門覺應]

このような叡尊律師の言に近い言葉は、律師が尊敬していた明恵上人も遺されています。

いや、別段そのようなことは日本の仏教僧によってのみ語られたことでもなく、二千五百年ほども昔の支那の聖人・賢人らもまた言ってきた言葉でもあります。

古の学者は己の為にし、今の学者は人の為にす。

昔の学者というものは、自己の修養・研鑽のために学問というものを積んだ。けれども今時の学者は、ただ他人から評価されて地位・名誉を得ることを目的としている。

『論語』憲問第十四

「昔は良かった」・「昔はこうでなかった」・「昔の人は違った、偉かった」、そのような言はいつの時代でも発せられるものでありましょう。

それは、程度はどうあれその「昔」に尊敬すべき理想の人の存在が認めるからこそ発せられるものでしょう。そして、そのように敬すべき人や理想とする物事を持つこと、亀鑑とする具体的なものを我が内に持つことは、人にはどうしてもやはり必要なことであると、私は思います。

よって、それがいつの時代も発せられる言葉とはいえ、単なる懐古主義的なものとしてではなく、「昔は良かった」と言うこと、そして聴かせることは、いつも必要なことでもあるでしょう。

さて、先に「学んでいたならば」などと言いました。しかし、「学ぶ」といった意図は、ただ現代の文献学に基いて仏教を学習するというのではありません。いわゆる学者的に研究するというのではありません。

あくまで、それら経論などが、「我が行くべき道を示すまぎれもない仏説である。仏説に基づいて立てられた論書である」として向き合って学ばなければ、そう理解することも出来ないでしょう。

それは、「いや、それはそうでもないのだ。大乗こそ仏陀釈尊の真意を云々」とか何とか苦心の言を放つ人もあるでしょうが、とどのつまり「大乗非仏説」であるという西洋由来の科学的文献学の成果に反する態度のものであります。

何故って、過去の偉大な諸師・先徳たちは、それらがまぎれもなく仏説であると捉えていたためであります。

けれども、たとえばドイツの社会学者マックス・ウェーバーには以下の様な言葉があります。

man braucht nicht Cäsar zu sein, um Cäsar zu verstehen.

人は、シーザーを理解する為に、シーザーになる必要はない

Karl Emil Maximilian Weber. Verstehende Soziologie
[日本語訳:沙門覺應

確かにそうでありましょう、客観的・学的対象としてならば。

しかし、仏教者は始終ただ客観的に傍観者を決め込むわけにはいかず、主体的でなければならない。

何故なら我々が扱うのは、「仏教という学的・文化的対象」などではなく、紛れも無い我々自身が今まさに受け、そして常に潜在的にある「苦しみ」であるから。

もし、それらが仏説でなど到底無い、仏滅後久しい時を経てから「どこかの馬の骨が書いたファンタジー小説」・「誰かが阿含経や本生譚などにインスパイアーされて書いちゃったポエム」・「長編ファンタジードラマ BUDDHA シーズン1~84,000」などであると思っていたならば、そもそも一顧だにされなかったに違いない。すなわち、そもそも大乗にこれだけの法門も無かったし、宗派なども起こりえなかった、と私は思います。

これまで挙げた空海の所言は、むろん密教をこそ主としたものではありますが、大乗の諸説をまさしく受けたものであります。

さて、冒頭、菩提心とは一般に「覚りを求める心・意志」とされるものと述べました。

けれども、いま示したように、少なくとも密教(そして特に華厳)において、菩提心をしてただ「覚りを求める心」とだけ始終解していたならば、結局なにも理解することは出来ないでしょう。

それは、東海道五十三次の「五十三」という数のもととなったといわれる、『華厳経』入法界品における善財童子の長き求道遍歴の逸話、そして『華厳経』凡行品にとかれる「初発心時便成正覚(初めて菩提心を発したとき、すなわち正覚を成じる)」という経説から真言密教へと、まさしく通じているものでもあります。

ただし、それらの話を筋書きとしては理解できるとて、その本質を理解することは、誰人にも決して容易なものではありません。大抵の場合、そのような経説など、どこまでも「お話」に過ぎないものとなってしまうかもしれません。

空なる心の真相(空性)としての菩提心

唐より空海によってもたらされた真言密教を修行することを欲する者は、まず須らく四種の心を起こさなければなりません。そしてそれらが、三昧耶戒を受ける者の素地となり、また三昧耶戒の本質すなわち「戒体」となります。

『大日経』ならびに『大日経疏』などに基いて著された、空海の主著『秘密曼荼羅十住心論』あるいは『秘蔵宝鑰[ひぞうほうやく]』にて、心の低きから高きへと、智慧の浅きから深きへと体系的に説かれる十住心とは、まさしく能求の菩提心、すなわち菩提を求める人の心が高められゆく有り様でもありましょう。

そして同時に、そのなか最後に説かれ、密教に依ってこそ到達し得るとされる、空海が言うところの「第十秘密荘厳心」とは所求の菩提心、すなわち空性なる心の真相、一切智智に他なりません。

それは無自性空なる心の、そしてひいては宇宙一切の存在の、真実なるあり方そのものです。

…と、しかし、ここまで色々言っておいてなんでありますが、いや、ここまで言ったからこそ手のひらを返したようなことを言わねばなりますまい。

今まで挙げてきた『大日経』の説く「本不生際」だとか「無自性空」ということ。または今私が仮に言った「空なる心の真相(空性)としての菩提心」などということを、いきなり人に言ってみたところで、それを人が聞いてみたところで、それが真実であったとしても、何の前提もなしにそれだけでその人の何かが変わるものではありません。

「ふーん、だから何?」「へぇ、そうなんだ?で?」、あるいは「わしにはわからん、馬鹿じゃけぇ」という程度の話でありましょう。

いや、場合によっては「わぁ~、なんと奥深い、すばらしい教えなのでしょう!」などと夢見心地となってアッチの世界に跳んでいってしまう人もあるでしょう。実際、私はそういう人々が現実に多いことをよく知っています。

そのような言葉に「それが示された目的に叶う」という意義が生じるのは、その言葉に到る課程がどのようなものであったか、そして現実の自分自身の心身がどのように変化してきたかに依ります。

譬えば、これを数学を勉強することに置き換えてみたならば良いでしょう。

数学の参考書に、解くべきものとして一つの問題、方程式などがあって、それを解かなければならない。しかし、その正答はその本に付属している解答に載っている。自分で考え、これを解かなくとも、正答はすでにそこにある。正答は正答なのであるから、自ら解かなくともその設問の正答をさえ知っておけば良い、という態度。

良い点数を取ることだけが目的というならば、それでも良いかもしれません。要するにそれは、その場だけ取り繕うだけのことでしょう。しかし、これを自ら理解して解き、また別の数式に応用してさらに理解しなければならないというのであれば、それは決して正しいものではないでしょう。

仏教のどの教えを信奉している者であれ、むしろ前者のような態度でもって、「すべては名(nāma)と色(rūpa)にすぎない」だとか「すべては因縁生起によって仮にあるのみ」、「諸行無常 諸法無我である!」、「ふん、あれこれ分別しおってケシカラン。無分別智こそ至高!一切は空なのだ」だの「心は自性清浄なり」、「いやいや、煩悩即菩提ぃ~!」だのと、端から声高に言う者が五万とあります。

いや、それらの言葉は、仏典に根拠があるという点において、すべて正しいでしょう。それらが前提としているものをすべて踏まえ、理解して言っているならば。

しかし、そもそも、いきなりそのように言うことに意味などあるでしょうか。意味が無いならば、その点において間違っている。

「何故にそのような答えに至るのか?」

「どのようにその答えに至ったのか?」

人によってその過程は様々でありましょうが、自ら理解していたのならば、それは無闇にそして単純に言って意味のある言葉でも無いと知っていそうなもの、だと私は考えます。

なにも「言ってはいけない」「秘密にせよ」などと言っているのではありません。伝え理解させんとして、発言しているというならば、どうしてもある程度は手順を踏む必要があるだろう、ということです。

まぁ、これは相手と場合によりけりでもありましょう。

しかし、もしどこかで読んだから、聞いたから、ちょっと勉強したから、そう信じているから、お師匠様がそう言ったからとりあえずそう言うのだ、というのであれば、それは九官鳥やオウムのさえずりに等しい。

宗団という、お仲間の間でさえずり合うのは、まわりが皆一様に同じ声をあげてさえずっているから気分も良く、安心していられるのでしょうけれども。

鸚鵡よく言えども飛鳥を離れず

オウムがいくらよく人の言葉を真似できたとて、所詮は鳥にすぎない。

『礼記』曲礼上

ところで、「菩提心」について上に少々述べましたが、そもそもの所を言いそびれていました。

菩提心、それは根本的に、輪廻転生・生死流転・業報というものをまったく世界の真実なるあり方であると、まさに痛烈に見るからこそ成立するものです。

そこに、様々に流転し、多くの人生の中で色々な苦しみを受け続けている自分というものを自覚したとき、そこから離脱・解脱することを欲して、人は菩提(覚り)を求めるのでしょう、「この我が苦しみを如何せん!」と。

少なくとも、仏陀釈尊を始めとする諸大弟子の方々、そして後代に仏教を護持された諸大徳らは、そのようにして覚りを求めていったことが、その伝記などにて知られます。

そして、その上で、「自分と同じく他者もまた同様の苦しみの渦中にあるのを如何せん!」、そう思うからこそ、人には菩提を求める意志、菩提心を発する者がある。その故にまた六波羅蜜や四摂法を骨子とし、五大願であるとか四弘誓願であるとか、あるいは三昧耶などの誓いを立てるのでありましょう。

いずれにせよ、それら自覚される苦しみとは、輪廻に基づくものであって、この世限りのものなどではありません。

そのような苦しみは、我々が自性を欠いているからこそ生滅し、また因果応報・因縁生起のものであるからこそあるもの。であるからこそ同時に、その苦しみに終焉をもたらすことが出来るものです。

そしてその終焉は、その依る教えの大乗・小乗の別なく、他ならぬ自分自身に依ってのみもたらし得る。

大乗と小乗とでは、いわばその終焉となる地において見える光景が異なっていると説かれているに過ぎません。ああ、いや、これは少々乱暴な物言いでしたか。

それを密教では、自心が「空なる心の真相(空性)としての菩提心」に他ならないということを覚知すること、いわゆる「如実知自心」によって達成されると説かれます。

しかし、それも先から述べたように、軽々に口にし得るようなたやすいことなどでは決してありません。

慈雲尊者はかく言い、当時の仏教者らを強く批判しています。

今時法相似に転じ人高遠にはしる。こと葉弥〃高クして行ますます降る。言たかければ非を文るにたくみなり。行くだるゆへみづからその過を省ることなし。晩達小僧もつねに大乗を称し。俗士庸流も動モすれば向上の宗を談ず。その甚しきは佛法世法二なしとて名利をもとめ。煩悩菩提別あらずと云て聲色にふける者あり。これみな魔外の種族なるべし。

 いまどきは(仏陀の)教えが、本来とは似て非なるものとなってしまい、人は聞こえは良くとも内容がまるでない観念の遊戯に走っている。(結果として)その言葉、思想はいよいよ高いものとなっていくけれども、行いはますます下劣で卑しいものとなっている。思想だけが高邁であれば、他の欠点を批判することに長じるものである。
 しかし、どれだけその口にする思想が崇高なものであっても、その者の振る舞い、心の働きなどの行いは下劣であるから、自分からそのあやまちを反省することがない。
 老僧をはじめ小僧ですら(その内実が、およそ「大乗」などといったものから程遠いものであっても)、つねに「我々は大乗の信徒である」と自称し、俗士や庸流の者ですら、(それがどう言ったものかも知らず、また行うこともなしに)ややもすれば(特に真言と禅という)向上の宗とを語っている。中でも甚だしくひどい者ともなれば、「仏陀の示した教えと、世俗の習わしとは、実はなんの矛盾もなく一つのものである」などと虚栄や財産を求め、「煩悩と菩提とに違いはない。(だから悟りをもとめて修行するのも、欲望をむさぼるのも同じなのだ)」などとうそぶいて、世俗の娯楽や女の色香に溺れる者達がいる。
 これらは皆、魔外の種族に他ならない。

慈雲尊者『骨相大意』
[現代語訳:沙門覺應]

なんといいましょうか、自分で引いておきながら、我が耳が削げ落ちるかのように痛く、真から慙愧の念に耐えない。ああ、これは苦しい。

それにしても、尊者が活躍された時分と今とで、日本の寺家の状況に大した変わりはないようです。

もはやこれは「日本の世の常」とでも言いえることか。

しかし、だからといって「それで良いのだ」ということには決してならない。仏教はそのような「世の常」(輪廻)を打破して立ったもの。そしてまたこれからも打破するものでありましょう。

いずれにせよ、大乗であれ小乗であれ、そこで説かれる教えが、「生死一大事の妙薬」としてでなく、苦なる人生をまやかす麻薬となってしまっては、詮無いことです。

それこそ、さながら苦というユラユラとうごめく炎に油を注ぐような、まさしく本末転倒というものです。

善人の用心は他を先とし己を後とす

さて、一般に大乗は「他を先とし己を後とする」などということを言い、空海もまた同様の言を用いています。そのことから、「他を先とするが故に大乗は優れているのだ」「己のことはさて置いて、まず他者をこそ導かなければならない!」などということを言う人がいます。

常識的な意味でならば「善人の用心は他を先とし己を後とすること」、まったくその通りで、実際これを日常的に行う人は徳高き人でありましょう。己を差し置いて、まず他者に様々な思いありある、優しき行いをすること。それは、その人の信奉する思想がなんであろうと、賞賛されるべきものです。

しかしもし、宗教的な意味で「己が救われるよりもまず、他者こそがまず救われなければならないし、私がこれを救うのだ。それが大乗!」などと思っていたならば、それは全く誤った認識というものです。

人を救う?馬鹿言っちゃいけない。

一体どうして自ら溺れもがている者が、他の溺れている者を救い出すことなど出来るでしょうか。一緒に仲良く溺れ死んでしまうことを、あるいは「救いである」などと宣うのでしょうか。

世界平和?大言壮語もはなはだしい。

家族・親族、友人、上司・同僚や隣近所などと、原因は色々とあるだろうけれども、様々にもめて収集がつかなくなるような者らが何を言う。

いや、そもそも自らのうちにも平和をもたらし得ない人が、あるいは自らと決定的に異なる思想を持つ人と出会ったならばたちまち癇癪を起こすような者が、どのようにして他人の、それも世界中の自分とはまるで異なる他人様の集合体である世界の平和などということを容易く口にするのか。

あるいはただ手にろうそくを灯して大勢集まり「ヘーワを!セカイヘーワ!」・「センソーハンターイ!」などと無闇に叫び、あるいは手を合わせて何やらその正体もわからぬものの前で祈り、短冊や絵馬に願いを書いてどこかに吊り下げ、あるいは念仏・題目・宝号を唱えたり、護摩木などというものを燃やしたりする祈祷によって?世界平和?

傍ら痛い。

(関連する項目に“Asubha bhāvanā(不浄観)”がある。参照のこと。)

しかし、そういう様なのも「文化だ!」といわれるものなのでしょう。

「願うだけで叶う」、「真摯な祈りはかならず届く」、「正しく祈祷すると成就する」、「現実的手段や方策は全然わからないけれども、ただ高邁の理想を叫ぶのだけでも良い」、「憲法9条があると日本は恒久的に平和である」、「共産主義、または正しい宗教〈ソーカ〉に基いて政治を行い、すべての国民がそれを信奉すればみんな幸せ」というのであれば、誠に結構なことであるに違いない。

そうだとイイな、と私も心底思います。

けれども、では例えば、一体どうしてチベットは支那に侵略され蹂躙され、あのような凄惨な殺戮と弾圧を受け、今もそれが引き続いているというのでしょうか。と、いうと大体がだんまりを決め込む。

すなわち、現実は全然そうではない。

であるならば、それらは結局、どこまでも幼稚な妄想にすぎない。

実際はまず自分を度してのち他に向かう、というのが道理というものです。大乗の八宗の祖などと讃えられる龍樹菩薩によるとされる、『十地経』の注釈書『十住毘婆沙論』では、このように説かれます。

若人自度畏 能度歸依者 自未度疑悔 何能度所歸
若人自不善 不能令人善 若不自寂滅 安能令人寂

 もし、人が自ら畏れより脱していたならば、帰依する者(の畏れ)を除くことが出来るであろう。自ら未だ疑惑や後悔を除くことが出来ない者に、どうして帰依者のそれを除くことが出来るであろうか。
 もし、人が自ら善で無いのならば、他者をして善ならしめることなど出来はしない。もし自ら寂滅に至っていなければ、どのように他者をして寂しることが出来るというのであろうか。

龍樹菩薩『十住毘婆沙論』 (T26, P24b)
[現代語訳:沙門覺應]

いや、仏教の出世間の賢聖の言葉を引くまでもなく、古代支那の処世を究めんとした賢人ですら、似たような意図の言葉を遺しています。

修身斉家治国平天下

天下を平らかにするには、まず我が身を正し、次に家庭を円満にし、そして国家を治めて、初めて成し遂げられるものである。

『礼記』大学
[現代語訳:沙門覺應]

世間のただ「セカイヘーワ」を叫ぶだけの人は、だいたい「修身」や「斉家」など眼中にない輩が多いようです。

巷間しばしば取り沙汰される宮沢賢治の言ったようなそれは、この道理を無視して言ったものであれば、ただの妄想・浪漫でしかありません。口だけ高尚の言辞、俗耳に入りやすき言葉を並べ立てるだけでは、己はもちろん誰一人として救うことなど出来はしません。

大乗は菩提心を発し、五大願や四弘誓願を立てて利他を先とし、人法二空を説いて空性を奉じる教えであるから優れている、というのもいいでしょう。それはまさしく大乗の諸々の経説に則った言でありましょう。

しかしもし、そのように高邁遠大なる思想を信奉したところで、自分自身の思想や行動、その人生がダイジョウのダの字も関しないようなものであって、それをある意味誤魔化すために大乗大乗と強弁する、などということでは詮無いことです。

もっとも、それは別段大乗に限ったことではなくて、声聞乗の説一切有部であろうが分別説部(上座部)の場合であろうが同様に言えることです。

諸君、仏教だ!

いやいや、しかし、それもまた人生!

人の思想がどうであれ、その信仰がどうであれ、その人の全く自由勝手。

そうであることは、現代の自由主義社会において、人が大いに享受している尊い利益というもの。過去の人々が多くの犠牲を払ったことよってようやく手にした、現代の我々は知ってか知らずか手にしているそれは、世法に順じている限りにおいて、かけがえ無く、犯すべからざる宝でしょう。

そのような社会にあって、もし自らが真にこの世を苦海と見て、そこから自由にならんとするならば、法を求めてこれを証することを望むのであれば、キリスト教でもイスラム教でも儒教でも道教でも神道でもなく、あるいは無神論や不可知論、享楽主義でも拝金主義でもなく、まず仏教を私は薦めます。

けれどもそれは、決して「親しみやすく」「わかりやすい」「万人が受け入れえる」ものとは到底言いがたいものです。

そう、高踏的というのではありませんが、仏教は世俗的で平易なものでは元来、無い。

それでも「やはり仏教を」と望む人には、そして「仏教」と言うからには、仏教の経律論など正統な根拠と伝統に基づいたものでなければ、どうしても承知されない。

その上で、人情を頼まず、風習に依らず、神秘主義的・超自然的事柄に憧憬を抱かず、いたずらには伝統というものを是とせず、あるいは口伝[くでん]などというものを過度に重んぜず、そしてたとい経説であっても盲信せず、あくまで自らがそれを考え、その意義を確認して修め続けていくことを勧めます。

仏教には、およそ金剛乗・菩薩乗(大乗)・声聞乗・縁覚乗(小乗)などの別があり、またそれぞれ諸派並び立っています。たとえば往古の日本には、仏教といえるものに八宗(と禅宗を加えた九宗)が存していました。

そして、おおよそ明治期以降、大英帝国がセイロンや東南アジアの(彼らからして)「未開・野蛮なる土人ら」をいかに効率よく植民地支配できるかを、あるいはその土人らが主に信ずる仏教というものがキリスト教に比していかに無知蒙昧・非合理で劣っているかの検証を、学者などに研究させたその副産物の一つとして、飛躍的に仏教研究が進みました。

パーリ語にしろサンスクリットによるものしろ、西洋において学術的仏教研究が進んだのは、彼らによるインド亜大陸の植民地支配という背景と、それを元にした資金援助があったからこそという側面があるのです。

いずれにせよその結果、日本ではすでに江戸中期の天才町人学者、富永仲基によって似たようなことは唱えられてはいましたが、現代には「大乗は釈尊直伝の教説などでは到底なく、南方の分別説部が直伝の教説にもっとも近いものを伝えている」という学問的成果が日本にも伝えらています。

いまや「大乗非仏説」は学的にとどまらず、一般的な書籍でも語られるような、いわば常識的な説となっています。

あるいはまた、ただ学問としてではなく、近年目覚ましく進んだ国際化によって、日本にも南方に伝わってきた分別説部(上座部)の僧徒が渡来したり、日本人が渡航して実際に修行・学問し、その実際的な教義が紹介され、漸く世間にも知られてきています。

そのような状況下で、人によってはそのいずれを採るべきか、いずれが信じるに足る仏教であるかと悩む人もあるでしょう。

私自身は、それが各々の分際に応じた戒学・定学・慧学の三学を正しく行なうものであって、四聖諦・縁起や空を明らめんとするものである限りは、いわゆる三法印や四法印を正しく宣揚するものであれば、いかなるものも仏教であって敬すべきものと考え、実際そのように信奉しています。

僭越ながら、私もまた分別説部にて受具した比丘であって、その波羅提木叉と三蔵を受持する者であります。が、以上の理由から、また同時に中観と密教とを奉じる者でもあります。

智慧と慈悲 ―脱・浪漫佛教

大慈能与樂。大悲能拔苦。拔苦与樂之本不如絶源。絶源之首不若授法。法藥雖万差前所説八種法門。是彼之本。然猶随順機根故有浅深遅速。

大慈とはよく楽を与え、大悲はよく苦を抜くものである。(大慈大悲の功たる)抜苦与楽の本は、(生死流転という苦しみの)根源を絶つ以上にはない。根源を絶つことの第一は、法を授けること以上にはない。仏法という薬は千差万別であるけれども、先ほど説いた八種の法門はその本である。けれどもそれには、人それぞれの機根にしたがって、(教えの)浅深と(その果報の)遅速がある。

空海『三昧耶戒序』(『定本弘法大師全集』Vol.5, P5
[現代語訳:沙門覺應]

仏教とは、慈悲と智慧の宗教と言われます。

なぜ、慈悲と智慧なのか?

苦の滅尽にはいかがしても、それらが不可欠であるからであります。

すなわち、仏教の肝要は苦の滅尽、苦たる輪廻からの解脱です。その基[もとい]を忘れ、崇高で深淵なる真理だの、海よりも深い慈悲だのといった観念に囚われ、惑わされてはいかにも宜しくない。

ましてや情緒的に「救う」「救い」ということを軽々に言い、「救いたい者」「救われたい人」両者が誤解したままあらぬ方向に突き進むようなのでは、もはやそれは慈悲でも何でもない。

お涙頂戴の浪花節でありましょう。

しかしながら、人間泣くと結構スッキリするものですから、そういうのを「救い」と世間では言うのかもしれません。あるいはそれが、巷間いわれる「癒やし」というヤツなのでしょうか。

出家者における慈悲の表出。それには、法を「まっとうに」説くこと、出来ることならそれを現証することに超えるものは、一つとしてありません。

しかし、それでも慈悲に基いて、物心両面に渡ってまさに「救済活動」を展開し、世の大なる尊敬と信仰を集めた人物らも、その昔の日本にはありました。鎌倉中期に活躍された叡尊律師と忍性律師を中心とした律僧らです。

彼らも戒律復興運動や非人救済などの活動を始めた最初は、周囲(特に寺家)からずいぶんと批判・中傷されたようです。が、やがては鎌倉初・中期から応仁の乱以前における、日本最大の教団・信徒を擁するにいたっています。

ちなみに、叡尊律師が活躍された当時、元寇といわれる元のモンゴル人や朝鮮人などが突如として侵攻してき、日本国内は天地がひっくり返ったかのような大騒ぎとなったのを、神風と言われるものによって撃退したと言われています。が、その当時の朝廷や幕府の認識としては、それは主に叡尊律師による(八幡神への)外夷退散の祈祷が功を奏したため、というものであったようです。

神風というのは八幡神によるものであり、それを誘発したのは当時最も世の尊敬を集めていた叡尊律師の祈祷であったと、それが事実であるかどうかは別として、そのように当時は認識されていたのです。

彼ら、特に良観房忍性律師などは学解は決して高くない人であったようで、すぐれた説法を行ったとか、深く空性を理解していたとかいう点については、かなり怪しいものであったようです。実際、師であった叡尊律師による人物評からすると、忍性律師はおそらく、釈尊ご在世の愚直なる尊者、須梨槃特[しゅりはんどく](Cūlapanthaka)に近いような人であったと思われます。

けれども、忍性律師は、その行動においてはまさしく「大乗」を日本で具現化した、深く敬すべき稀有なる存在であったと言える人です。

もっとも、そんな忍性律師は、同時代の日蓮からそれはそれは激しく憎まれ敵視され、あらんかぎりの罵詈雑言を投げつけられています。けれども、当の本人である忍性律師は、日蓮からの罵詈雑言など一顧だにしていなかったことが知られています。日蓮がことあるごとに忍性律師に言及して中傷している文書が残っているのに対し、律師の書には一言として日蓮に言及しているものがないのです。

また空海の師であった、唐の恵果阿闍梨も「貧を済うには財を以てし、愚を導くには法を以てす」という敬すべき徳高き人であったことを、空海自身は書き残しています(『性霊集』)。

さてさて、いずれにせよ、自身がいかなる教えと縁があり、いかなる教えを選択するかは、まったくその人の宿業と機根とによるものとなるでしょう。そして、その果報がどのようなものであるか、あるいは密教がそう説き、空海が言ったように「即疾に顕わる」となるかもしれません。

いや、ただ「即疾」だとか言うことに関して言えば、何も密教や空海が初めて言い出したことなどでは全然ない。

実際に今も、密教の優位性なるものの一つが「即疾である」ことを声高に言う、まるでそれが即疾に顕れていない人があります。

しかし、仏教は本来「即疾なる」ものであって、その故にこそ優れ、尊崇されたものです。

高名なバラモンであったバーヴァリ(Bāvari)とその弟子十六人らは、仏陀釈尊と直接対論し、たちまちその説の真実であることと釈尊の徳高きに心服し、以下のように仏陀を称賛する言葉を発しています。

yeme pubbe viyākaṃsu, huraṃ gotamasāsanā.
iccāsi iti bhavissati.
sabbaṃ taṃ itihitihaṃ, sabbaṃ taṃ takkavaḍḍhanaṃ.
eko tamanudāsino, jutimā so pabhaṅkaro.
gotamo bhūripaññāṇo, gotamo bhūrimedhaso.
yo me dhammamadesesi, sandiṭṭhikamakālikaṃ.
taṇhakkhayamanītikaṃ
, yassa natthi upamā kvaci.

 ゴータマの教え(に触れる)以前、過去に(諸宗教家・諸思想家の)彼らが「過去はこのようであった」・「未来ではこのようになるであろう」と説いてきた。
 (しかしながら)それらはすべて、「聞き伝えたこと」に過ぎぬものであった。それらはすべて、「理論の増大〈机上の空論〉」をきたすだけのものであった。
 彼は独り坐す、暗闇を打ち破る者、聡明なる者、光明を放つ者である!ゴータマは広大なる智慧ある人、ゴータマは豊穣なる叡智の人である!
 彼は私に、悩害から自由なる、渇愛の滅尽を(自ら)目のあたりに出来る、 時を経ずして(果をもたらす)法を、説き明かした。それは(世界の)いずこにも比類無きものである。

KN. Suttanipāta, Pārāyanavagga. 1141-1143 (5.73)
[日本語訳:沙門 覺應]

そして、今も南方の分別説部では、釈迦牟尼の遺された法(Dhamma)には「六つの徳」があると理解してそれを日々唱え、また自らの内にその通り現証しようと努めています。

Svākkhāto Bhagavatā Dhammo, sandiṭṭhiko,
akāliko
, ehipassiko, opaneyyiko,
paccataṃ veditabbo viññūhi.

法とは、世尊によって善く説かれたものであり、(自ら)目のあたりに出来る、時を経ずして(果をもたらし)、「来たれ見よ」(と言われ)、(涅槃へと)導く、おのおの賢者によって知られるべきものである。

日本語訳:沙門 覺應

しかし、それもやはり、自分自身の宿業と、そしてなにより今世での自らのたゆまぬ努力に依るものとなるでしょう。

釈迦牟尼より始まり、その偉大な弟子たちが連綿として伝えてきた、人天をして苦海から脱する道を示す無上の宝、仏教によって、少しでも多くの人がみずからその尊き由縁を証し、またその宝の輝きがいや増さんことを、私は願ってやみません。

誓願断除一切衆悪 誓願修習最上法門 誓願度脱諸衆生界
一切有情誓求速證 無上菩提諸佛勝果 是故発起菩提之心

非人沙門覺應(比丘慧照) 敬識
(By Araññaka Bhikkhu Ñāṇajoti)

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