真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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1.誕生の地

写真:石碑「慈雲尊者生誕之地」(高松藩蔵屋敷跡)

高松藩蔵屋敷跡

大阪中之島の堂島川南側。リーガロイヤルホテルすぐ東隣、コイン駐車場前に、「慈雲尊者生誕之地」と刻まれた小さな石碑が、ひっそりと佇んでいる。その側面には、故沢木興道禅師の讃が刻まれている。川をはさんだ斜め向かいには、福沢諭吉の生誕地がある。

地下鉄四つ橋線「肥後橋駅」より徒歩15分

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2.得度の地

写真:法楽寺山門より見た三重塔

法楽寺(ほうらくじ)

本堂、山門、鐘楼(しゅろう)など、慈雲尊者当時の建築が現存する。境内の楠は、樹齢八百年といわれる大木。洪善普摂和上、忍綱貞紀和上、尊者の両親の墓が現存。

大阪市東住吉区山坂1-18-30 Tel:06-6622-2103
JR阪和線「南田辺駅」下車.徒歩3分
または地下鉄谷町線「田辺駅」下車.徒歩10分

ホームページ:http://www.horakuji.hello-net.info/

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3.受戒の地

写真:野中寺本堂

野中寺(やちゅうじ)

聖徳太子ゆかりの寺で、通称「中の太子」とも。

江戸期における律院三大僧坊の一つ。法楽寺中興の洪善普摂和上や、尊者の師である忍綱貞紀和上も、野中寺で修行されていた。境内には沙弥寮や比丘寮、食堂などが当時の姿のまま保存されている。

大阪市羽曳野市野々上5-9-24 Tel:0729-58-2249
近鉄南大阪線「藤井寺駅」より近鉄バス羽曳が丘方面にて「野々上」下車

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4.参禅の地

写真:正安寺禅堂

正安寺(しょうあんじ)

尊者が法楽寺住職を辞して法弟松林に譲り、3年間弱参禅した禅宗寺院。曹洞宗末寺。当時の堂塔は、寛政七年(1795)の火災によって焼失して無い。

長野県佐久市山字松井 Tel:0267-62-6499
JR小海線「中込駅」下車

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5.正法律宣揚の地

写真:長栄寺仁王門

長栄寺(ちょうえいじ)

尊者の晩年に至るまで、教化布教活動の中心的場所であった。本堂の吉祥殿は、尊者38歳のときに造営されたもの。境内の雙龍庵禅那台は、生駒の長尾之滝より移築されたもの。

東大阪市高井田元町1-11-1 Tel:06-6781-0797
近鉄奈良線「河内永和駅」下車.徒歩五分

ホームページ:http://www.choeiji.com/

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6.『方服図儀』著述の地

写真:正福寺本堂(桂林寺跡)

桂林寺(けいりんじ)跡

現正福寺(しょうふくじ)。尊者当時の本堂、釣鐘、桂林寺寺門瓦が残っている。

神戸市北区道場町平田862 Tel:078-951-461
JR「三田駅」または神戸電鉄「三田駅」道場南口下車.徒歩25分

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7.隠棲の地

写真:雙龍庵禅那台跡

雙龍庵(そうりゅうあん)禅那台跡

尊者が41歳から54歳までの足かけ14年、庵を結んで隠栖した地。現天龍院(てんりゅういん)。尊者が坐禅されたという大きな座禅石がある。雙龍庵跡の碑、尊者の修行像などが建立されている。

東大阪市山手町2054 Tel:0729-81-5500
近鉄奈良線「額田駅」下車.徒歩40分

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8.正法律の拠点

写真:高貴寺山門

高貴寺(こうきじ)

尊者当時の僧坊が現存。

尊者像、縄牀(じょうしょう)等、尊者の遺品が数多く残されており、中でも『梵学津梁(ぼんがくしんりょう)』一千巻は世界のサンスクリット研究者の注目を集めるところ。奥の院大師堂の側に尊者の墓地がある。

大阪市南河内郡河南町平石539 Tel:0721-93-2924
近鉄長野線「富田林駅」より金剛バス平石行にて「平石」下車.徒歩15分

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9.遷化の地

写真:石碑「慈雲尊者遷化之霊地」(阿弥陀寺跡)

阿弥陀寺(あみだじ)跡

京都の信徒の懇請によって入寺され、さかんに十善の法を説かれて『十善法語』を著された。尊者遷化は文化元年(1804)。春秋八十七。

阿弥陀寺は現存せず、京和学園幼稚園の前に「慈雲尊者遷化之霊地」との碑が立つのみである。ただ、碑の近くにある浄土宗成等院の山門に、阿弥陀寺門の古材が使用されているという。

京都市上京区下立売通前西入ル行衛町439-2

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